著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、澤地久枝さん(作家)です。
母は手さきの器用なひとだった。
そりかえる指を「まむし指」というが10本の指すべて「まむし指」で、指紋はすべてきれいに渦を巻いていた。
母の縫ったきものや洋服でわたしは育ち、就職後の20代もそうだった。
声のいい人だった、と思う。
1943年頃、戦争末期とは知らないまま、当時の満州で主食が配給になり、物資欠乏という実感が子ども心にもしみこんだ。御飯茶碗1杯以上の御飯は食べないと、軍国少女のわたしは自分で自分を縛り、戦争で死のうとひそかに思っていた。
金属回収が徹底してきて、満鉄社宅をとりかこんでいた鉄条網(有刺鉄線)がすべてとりはずされ、直接道にむかって建っているようになった。
「郵便ポストまで供出だなんて、この戦争は、負けね」
と言って、わたしから、
「お母さん、非国民」
と言われて言い返さなかったことがある。石炭の生産地である満州でその配給量が乏しくなった日の一日。近くの機関車工場の石炭ガラの山にコークスがあるのをみつけたのは誰だっただろうか。
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source : 文藝春秋 2019年12月号