三船敏郎 世界のミフネとものまね合戦

山﨑 努 俳優
エンタメ 映画

特攻隊から復員後、26歳で映画界に入り、「羅生門」「七人の侍」「用心棒」などの黒澤映画に出演して「世界のミフネ」と絶賛された三船敏郎(みふねとしろう)(1920―1997)。高校生の頃から三船ファンだった俳優の山﨑努(やまざきつとむ)氏(1936―)は、「天国と地獄」「赤ひげ」「五十万人の遺産」の3作で共演している。

 三船さんのあのスピード感のある演技は圧倒的でした。動きも台詞の速さも傑出していました。殺陣(たて)があまりに速くてコマで見ると映っていないところがあったと聞きます。感情の切り替えも早かった。泣いた直後に笑う、そんな演技の飛躍ができる俳優は三船さんが初めてでしょう。日本人ばなれしていました。日本は観客も俳優も感情の沼にどっぷり浸って情緒たっぷりというのが好きで、なかなか次へ行かないもの。三船さんの登場は、日本の映画界にとって革命ともいえることでした。

三船敏郎 ©文藝春秋

 だから普段もせっかちなところがありました。現場にはいつも一番乗りで、撮影が終わった途端に赤い2人乗りのMGを駆って消えてしまう。付き人もつけないから、三船さんが出演する作品では、他の俳優も自然と付き人なしになりました。付き人に世話をしてもらうのがまだるっこしかったんでしょう。すべて自分でやってしまう。

「天国と地獄」で初めて共演したときには、何度か砧(きぬた)の東宝撮影所から成城の駅まで送っていただきました。「山ちゃん乗ってかない?」と誘われると、有難いんですが大変でした。三船さんは早々に車のエンジンをふかして待っている。大慌てで着替えてメイクを落として駆けつけなければならないんです。急発進、かっ飛ばして駅前で急停止すると、「じゃあ、また明日」って颯爽と走り去っていくのが常でした。

 モノマネが上手でした。僕もよく真似されて、「天国と地獄」の最後のシーンなど十八番(おはこ)でしたよ。僕も三船さんの真似が得意でしたから、待ち時間はモノマネ合戦。これは三船さんなりの気配りでもあったんでしょう。当時、僕はまだ駆け出しで黒澤作品ははじめてでした。だから気をつかってくれたのだと思います。

山﨑努氏 ©文藝春秋

復員兵・三船敏郎

 あの人には、スター、俳優という意識があまりなかったような気がします。演技することが面白いからやっている。そんな感じでした。撮影の空き時間にMGの車輪のスポークを一本ずつ、夢中で磨いていた姿を思い出します。車に夢中になるのもカメラの前で演技に没頭するのもあの人にとっては同じことだったのかもしれません。

 そういう三船さんを存分に面白がらせたのが黒澤さんです。黒澤さんは「どうしたら三船は面白がるか」を知っていた。だからこそ、黒澤映画で三船敏郎は輝いたんです。黒澤さんといえば、世間では徹底して俳優をいじめる怖い監督という印象が定着しているようですが、僕が知る限りそんなことはまったくありませんでした。自分のイメージに合わない演技には細かく指導しますが、三船さんに関しては自由にやらせていました。

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source : 文藝春秋 2006年2月号

genre : エンタメ 映画