大人も楽しめるお化け屋敷

五味 弘文 お化け屋敷プロデューサー
エンタメ アート ライフスタイル 娯楽

 33年前からたくさんのお化け屋敷を作ってきましたが、その原点は生まれ育った信州の茅野にあるのかもしれません。自然に囲まれていたので、身の回りでは妖怪が出てくる怖い話が生き生きと語られていました。山で狐に騙されて帰れなくなった話などを聞き、不思議なことと日常には、あまり境がないのだと思いながら育ったのです。自宅でお化け屋敷を作ったこともあります。10畳ほどの部屋にマットレスや段ボールを使って、迷路のような通路を作った記憶があります。途中に人形を設置して、後ろから倒したら怖いんじゃないかな、などと想像しながら遊んでいました。

お化け屋敷で使用された人形はリアルで、どこか悲しそう Ⓒ文藝春秋

 でも、お化け屋敷作りに熱を上げていたのはほんの一時期で、上京し、大学に入ってからは、学生演劇に没頭しました。入学した1976年は、80年代の小劇場ブームの前夜で、野田秀樹さんが東大で夢の遊眠社を、鴻上尚史さんが早稲田大で第三舞台を、旗揚げしていく頃でした。私もその熱気に惹かれて演劇の虜になったひとりで、大学卒業後に劇団を作り、いくつもの公演を打ちました。

 演劇で食っていきたかったのですが、それは叶わず、ルナパークというイベントがきっかけで、後楽園ゆうえんち(現・東京ドームシティ アトラクションズ)に関わることになりました。その中で会社帰りの大人たちが楽しめるお化け屋敷を作ってみたらどうかという企画を提案しました。

 提案する前に、数十年ぶりにお化け屋敷に入ってみることにしましたが、子ども向けだからと最初は高を括っていたものの、実際に入ってみると意外と怖かった。骸骨がいて、赤い橋があって、井戸の中から人が出てくる古典的なお化け屋敷でしたが、怖さと同時に面白さも感じました。もう一度入ってみたところ、何度入っても慣れない怖さがあった。お化け屋敷の怖さと面白さは、脅かすスタッフと十人十色の入場者による、毎回異なるライブ感にあると気づきました。お化け屋敷は、いわば1人の観客のために上演される“演劇”なのです。その気づきが私が作ってきた「大人も楽しめるお化け屋敷」の原点にあります。

 たとえば、1996年の『パノラマ怪奇館’96~赤ん坊地獄』は、魔界の魑魅魍魎が跋扈する屋敷から赤ちゃんを守り抜き、母親まで届けるミッション型のお化け屋敷で、そこには演劇のような空間を貫く物語があります。これまでお客様にミッションを行ってもらうお化け屋敷はなかったので、制作を始めると、赤ん坊の人形が投げ出されたり、壊されたりしないだろうか、と現場から不安や戸惑いの声があがりました。しかし、入場者にお化け屋敷の物語を自分ごととして体験してもらうために何とかして実現させたかった。現場との折衝を重ねて、開催に漕ぎつけ、お客様からは大変な好評をいただくことができました。ぶつかり合いながら制作したことで、現場と制作陣との強い紐帯が生まれたことも忘れられません。

「赤ん坊地獄」で使用された人形は、本誌よりやや大きめ Ⓒ文藝春秋

 2018年に作った『怨霊座敷』も、思い出深い自信作です。これは、他人の家に靴を脱いで入る新感覚のアトラクションです。入場者は、不幸な最期を迎えた夜雨子(ようこ)が取り憑く家に入り、彼女のただれた顔にパフで薬を塗る、というミッションが与えられます。他人の家に上がるなら、靴を脱ぐのは当然だろうと思い、入場者にも靴を脱いでもらうことにしたのですが、素足になった入場者は、着ているものを1枚脱いだ時のように無防備な心持ちとなり、不安や恐怖が一層増すことがわかりました。途中で何者かが寝ている布団を踏まないと進めないのですが、日本人は布団を踏むことに心理的抵抗があるので、それがまた恐怖を増幅させたようです。

 お化け屋敷の醍醐味は、入場者が恐怖によって、普段自らを束縛している思考や感情から解き放たれ、一皮むけたような感覚を味わえることだと思います。お化け屋敷を出ると、生まれ変わったような爽快感が体を突き抜けるのです。ルーティンに縛られた生活を送りがちな大人にこそ、お化け屋敷は必要なはずです。11月にはリニューアルしたお化け屋敷『暗闇婚礼』が東京ドームシティでオープンしますので、お化けと一緒にお待ちしています。

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source : 文藝春秋 2025年12月号

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