2007年に販売を開始した日産R35 GT-Rの生産が今年、終了しました。私が開発責任者として生んだ「超越した走りと利便性」が同居した世界で唯一の高性能車です。
開発の構想は1995年のル・マン24時間レースまで遡ります。私は長年日産が参加する自動車レースに監督兼チーフエンジニアとして参戦し、その全てでチャンピオンを獲得してきたのですが、当時は市販車の開発を担っていました。そんな私の下に、営業部門から販売促進活動として、ル・マン24時間レースに「市販のGT-Rをベースにしたレースカーで参戦したい」という要請がきたのです。それに応え、私は市販のスカイラインGT-Rをレース仕様にしたGT-R LMを僅か4ヵ月で開発して95年のル・マンに参戦しました。結果は10位。欧州勢が使うレース専用の競技車に混じってスタートラインに並ぶと、市販車改造のGT-Rが持つ大きなハンディは、誰の目にも明らか。ところが……会場で待っていたのはファンからの割れんばかりの大声援。「いつかレースカーを凌ぐ性能の市販車を造って、この人たちに楽しみと誇りを届けたい」。私はそんな想いを抱きました。
バブル崩壊後の日本のメーカーは販売拡大のため海外生産など原価低減競争に専念し、日本の「モノ造りの強み」を見失っているようにみえました。その強みとは、旅館で女将が当たり前に迎えてくれるような「もてなしの心」です。
それを日本製品に復活させたいという強い想いと、95年のル・マンで抱いた想いを実現させるため、考え抜いた答えが、誰でも、何処でも、何時でも最高の性能が楽しめる「マルチパフォーマンス・スーパーカー」です。時速300キロでも片手運転で助手席の人と会話が楽しめる走行安定性と静寂感があり、怖い雪道でも走りが楽しめる走破性を持つ、新次元のスーパーカーです。匠の技で徹底的に性能を鍛え上げ、日本刀のようにタイムレスに美しく、身障者の方もサーキット走行が楽しめる、さらには、家族皆に愛され、仕事の場では頼れるパートナー!! これが、私が考えた「もてなしの心」に溢れる「日本のGT-R造り」でした。
しかし、開発部門が提示した次期GT-Rの構想は「今までと同じ、スカイラインの派生車」でした。これに対し私は、開発担当を辞退しました。しかし、それから1年後の2003年、突然、カルロス・ゴーンCEOが次期GT-Rの開発責任者に私を任命してきました。その後、彼は全役員を集め「GT-Rプロジェクトの全ての責任と権限は水野にある」と宣言します。それは、私が日本のモノ造り文化である「棟梁と匠、そして職人」という体系や運営をベースに提案した、「開発資源(人、モノ、金、時間)は、通常の半分以下でやる」という、非常識とも言える新しい開発方法やプロジェクト運営に対し、社内で湧き起こる「抵抗や反発、引きずりおろし」から、GT-R開発チームを守るためでした。

通常の半分以下の資源で開発するため、例えば、過酷な難コースとして世界的に知られ、一流メーカーが合同で開発テストを行って競い合い、新車のスクープを世界に発信するパパラッチが多く常駐する、ドイツのニュルブルクリンク北コースを使い、超高性能や耐久信頼性のテストを行いました。パパラッチがスクープ配信網を利用して「GT-Rの開発状況や競争力を世界に発信」してくれるので、宣伝広告費ゼロのブランディングができるのです。また、コストを30%以下に抑えた生産方法や、新しい超高性能を保証するために選抜されたメカニックのいる特別な販売店を作りました。私はこれらの難題を解決するため、事実と本質に立ち返り、合理的で無駄のない方法や運営、活動を展開しました。
ですから、2007年の発表時点で既に「欧州製スーパーカーを凌ぐGT-Rの優位性」は顧客の心に刻まれていました。
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