「米国支配の終わり」は「世界の再生」かもしれない
隈 私はかなり以前からトッドさんの愛読者で、いつかお目にかかりたいと思っていたので、今日は本当にうれしいです。
トッド 隈さんのような世界的な建築家が私の仕事に関心を抱いてくださるのは光栄なことです。ただ率直に申し上げると、「なぜ?」と疑問にも思いまして……。
隈 知的な読書を楽しめるだけでなく、私の専門の仕事に直接、役に立つからです。トッドさんの本を読みながら、「家族システム」と「建築のプランニングや都市デザイン」はとても深い関係にあると感じてきました。建築や都市は「家族システムの物理的投影」と言ってもいいくらいに感じられます。
世界的ベストセラーになった『西洋の敗北』では、米国を中心とする行き過ぎた新自由主義、グローバリズムの問題を指摘されています。なかでも米国では、金融中心の経済によって製造業など「モノづくり」が疎かにされて、技術者やエンジニアが少なくなり、生産基盤が破壊され、これがウクライナ戦争でのロシアに対する敗北にもつながった、と。
冷戦後、あたかも米国の一人勝ちのような世界となり、現在も基本的には「米国の覇権」が続いていると思われていますが、トッドさんは、教育水準の低下や社会の分断など内部崩壊が長年続いてきた米国は、すでに世界を支配する力など失っている、とさまざまな角度から論証されています。

トッド 「東西冷戦は、ソ連圏の一方的な敗北に終わり、米国が唯一の勝者になった」というのが一般通念ですが、「冷戦によって米ソの2国とも敗北したのだ」という「冷戦」の新しい捉え方が必要です。
トッド理論に勇気づけられた
隈 建築の分野で言うと、とくに1985年のプラザ合意以降、米国の建築が退屈なものになっていきました。同時に世界のなかで米国の建築家が存在感を失っていきました。それはおそらく経済の金融化によって「モノとしての建築」が「金融資産としての建築」に変わってしまったからです。トッドさんの理論はその点を見事に説明してくれます。
一方、日本の建築が、世界のなかで一定の存在感を示し、日本の文化のなかでも尊重されているのは、「直系家族」(長子相続で親子関係は権威主義的で兄弟関係は不平等)という日本の家族システムと深い関係があるのではないでしょうか。直系家族社会について、「長期的な視点に立つことができ、知識・技術・資本の世代継承やモノづくりに長けている」とトッドさんは指摘していますが、米国と対照的なこうした特徴が日本の建築の強みにつながっているのではないか、と。一言で言えば、建築に関わる日本人として、トッドさんの理論に大いに勇気づけられ、自分の進むべき方向に自信を持つことができたわけです。
トッド 過分なお言葉をありがとうございます。建築について十分な知識はありませんが、ある社会の文化や経済のあり方は、家族システムに大きく規定されるので、「建築」と「家族システム」には関連がある、という考えには直観的に同意します。その上で急いで付け加えたいことがあります。
家族システムの観点から言うと、フランスは、かなり多様性に満ちた特殊な国です。フランス革命を牽引したパリ盆地と地中海沿岸は「平等主義核家族」(均等相続で親子関係は自由で兄弟関係は平等)の地域ですが、スペインとの国境に近い南西部(地中海沿岸を除く)には、日本と同じ「直系家族」の地域もあります。
フランスの「直系家族」の中心地はトゥールーズで、とても美しい魅力的な街です。ここでは家族システムは「家(メゾン)のシステム」とも呼ばれ、「家族(famille)」と「家(maison)」が区別されていないのです。「オスタル(hostal)」という言葉もありますが、これは「家=家族」を意味します。そしてバスク地方(スペインとフランスのピレネー山脈を挟んだ一帯)では、「家」と「土地」との結びつきが強く、地名や家の名が姓の由来になっています。
隈 私自身も、日本とバスク地方の文化は非常に近いと感じてきました。自然素材を使い、職人の手作りで家を建て世代を越えて継承していく文化が共通している。言葉の使い方にも親近性があって、論理的というより人間の身体性に根付いた「オノマトペ」を日本語と同様にバスクの人々も多用します。
オノマトペとは、「モノの状態」や「モノとモノとの関係」を表す言葉ですが、私は建築においても重視していて、「建築と大地」「建築と身体」の関係を考える上で、さらには「人間の身体」を「世界」に“接地”させるという、人間にとって最も重要な営みを分析するために、オノマトペに大きな可能性を感じています。『隈研吾 オノマトペ 建築 接地性』(エクスナレッジ)という本まで出していて、「ぱらぱら」「さらさら」「ぐるぐる」「ぱたぱた」「ぎざぎざ」などのオノマトペをもとに、自分が携わった建築物を分類して、解説しました。
トッド それは面白い視点で、大変興味深いですね。いずれにせよ、バスク地方の家族は「直系家族の典型」と言えます。
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