1964年の秋、10歳の僕は、父に連れられて、オリンピックの水泳会場であった国立代々木競技場に行った。あまりの美しさに圧倒され、「誰がデザインしたの」と尋ねた。「丹下健三という建築家だ」と聞いて、建築家という仕事をはじめて知り、その日に建築家というものになろうと決心した。その日まで僕は猫好きのおとなしい子供で、獣医になることを夢見ていた。
2回目の東京オリンピックの主会場となる国立競技場の設計を、大成建設、梓設計と共に担当することになって、2020年と1964年は、何が違うかを考えた。1964年は高度成長、工業化のピークであった。コンクリートや鉄という、工業化の主役であった硬くて冷たい素材を使って、「高く大きい」ものを作ることが、時代の目標であった。
低層の木造建築が立ち並ぶ1964年以前の「低く小さい」東京を否定するために、丹下健三は、コンクリートの天に届くような高い支柱で屋根を吊り、高くて大きいものがいかにカッコイイかを示し、同時に日本の工業が欧米に匹敵するレベルであることを証明して、「世界のタンゲ」となった。
全く逆に、2020年の日本は、マイナス成長、少子高齢化に直面している。「高くて大きい」ことは、とても恥ずかしいことであり、環境を破壊し、人に迷惑を及ぼし犯罪的であると、人々は感じ始めている。
しかし、そんな時代にも、その時代にふさわしい幸福の形というものが存在し、その幸福のヒントとなるような建築はありえるのではないか。そんな時代、そんな気分を象徴するスタジアムは、コンクリートの高い支柱とは全く逆に、なるべく低くなくてはいけないし、コンクリートに代わって、木こそが主役にならなければならないと、僕は考えた。
木は空気中の二酸化炭素を固定するので、木を使うことは地球温暖化対策としても有効であり、木を使うことが、森林環境を改善し、洪水の防止や海の環境の改善にまでつながるともいわれる。木の建築は、人間をストレスから守り、人間に精神的な安定をもたらすことも指摘されている。
しかし、それでも、数万人のキャパシティが必要なスタジアムを、「小さく低く」、しかも木で作ることなどできるのだろうか。
この難題に大きなヒントを与えてくれたのは、法隆寺に代表される、日本の伝統的な木造建築であった。
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source : 文藝春秋 2020年3月号