「どうして自分は急にこんなことになったのか」と自問自答している。でも、このタイミングには何らかの意味がある。20代で今みたいな注目を受けていたら、絶対に勘違いしていただろうし――。
35歳まで続けてきた仕事が認められた
どうして自分は急にこんなことになったのかと、この1年くらい、よく自問自答しています。
「圭がやってきたことに、やっと皆が気づいたんだ」
事務所の人間や仕事仲間はそういう言葉をかけてくれたりして、素直に嬉しいです。それは自信に繋がったりもしています。
田中氏
別にオカルト的なことを信じているわけでもないですが、このタイミングでこういう状況に置かれているというのは、運命というか、何かしらの意味があるのでしょう。
35歳という年齢で注目が集まったのは、よかったと思います。20代で今みたいな注目を受けていたら、絶対に勘違いしていただろうし。そうなったら、その後のお芝居や作品への向き合い方に影響が出ていたはずです。
今は長いあいだ俳優をやってきている分、スタンスがブレることはないですから。
これまで自分がやってきた仕事が皆に認めてもらえたのなら、これからの自分に何が出来るだろう、逆に何を求められているだろう……。1つの作品を終える度に、そういうふうに考えたりもします。
俳優・田中圭(35)は間違いなく、2019年の顔だった。
2018年に放送された連続ドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)で一躍脚光を浴び、その後も数々の話題作に出演。2019年に主演を務めたドラマ『あなたの番です』(日本テレビ系)は、最終回で19.4%の番組最高視聴率を記録した。その勢いは止まる気配を見せない。
2020年1月17日には、主演を務める映画『mellow』が公開となる。田中が演じる主人公の夏目誠一は、独身で彼女無し。街で一番オシャレな花屋「mellow」を営み、穏やかな生活を送っているが、ラーメン屋の若い店主・木帆、店にやって来る中学生の宏美、常連客の人妻・麻里子など、夏目は様々な人の恋模様に巻き込まれていく――。滑稽さやカッコ悪さも含めて、包み隠さず「恋愛」を描き出す、恋愛群像エンターテインメントとなっている。
©2020「mellow」製作委員会
主人公の夏目は花屋の店主ですが、僕自身はもともと、全くお花に興味がない人間でした。
興味を持ったきっかけは、2018年の1月に母を亡くしたことでした。母に供えるお花を買うために花屋に通うようになって。誰かのことを考えて花束を作ってもらうというのも、僕にとっては初めての経験でした。「お母さんはこういう色が好きだったな」とか、「前回はこのお花だったから、今日は違うほうがいいかな」とか、いろいろ考えるんです。
そうしてお花にだんだん愛着がわいてきた頃に、依頼された映画がお花屋さんの話だったので、不思議な縁だなぁ、とは思いました。
夏目も含めてですが、この映画の登場人物には幸せな人が1人もいません。
©2020「mellow」製作委員会
例えば、報われない片想いをしている中学生の女の子がいて、その相手の先輩はというと、別の人のことが好き。人妻の麻里子は、自宅に花を届けにくる夏目に恋をして、「好きな人が出来た」と、突然旦那さんに別れを告げるんです。
実は、モテていない
夏目は色んな人に告白されて、一見すごくモテているように感じます。でも、実はそんなにモテていない、残念な人間なのでは、と僕は思っていて。
©2020「mellow」製作委員会
夏目は心地いい距離感を保ってくれる男です。だからこそ、女の人はみんな夏目のことを好きになってしまう。でも全員が夏目に想いを告白するものの、それでスッキリしてしまって、どこかに行ってしまう。そこまで人を熱狂的にさせない、ハマらない男というのを意識はしていました。
でも観終わって、決して嫌な気持ちにはならないです。全員が恵まれない環境の中にいて、誰かが誰かに片想いをしている――。その想いは全然実ることがないのに、なんか、雰囲気が明るいんです。
全然花が咲かない、種のままの小さい恋心でも、誰かを想う気持ちはすごく大事だということを気づかせてくれる映画です。ちょっとくすぐったいけれど、そのくすぐったさが不快ではなくて、温かい感じ。僕自身も現場ではすごく“メロウ”な感じになりました。
……そうはいっても、僕は片想いより、やっぱり両想いのほうがいいです(笑)。
ここ最近の僕が出演していた作品に比べて、この映画はかなり雰囲気が違うかもしれません。
でも、全ての作品に「人が誰かを想う気持ち」というのは共通してありました。例えば『おっさんずラブ』の春田は、最後の最後で、牧(林遣都)を大切に想っている自分の気持ちに気づく。『あなたの番です』の翔太は、大好きだった奥さんの菜奈ちゃん(原田知世)を殺され、犯人を必死に追いかける。
つまり、ストーリーがどんなに現実離れした設定になろうが、どんなに毎週人が殺されようが、僕が俳優としてやるべきことというのはブレてはいけないんです。「人が誰かを想う気持ち」について考えて、演じる。作品の雰囲気が変わっても、そうやって1個だけ軸にするものを持っていれば、大抵のことはどうにか出来ます。
田中はこれまでも、テレビドラマ『ドクターX』(テレビ朝日系 2012年)や映画『図書館戦争』(2013年)など、数々の話題作にコンスタントに出演してはいたものの、その立ち位置としては“名脇役”と言われることが多かった。
コツコツ続けていこう
20代から30代前半を振り返っても、焦りは特に感じていなかったです。
お芝居という仕事をして、それでお金をもらって家族を養っている。自分のしたいことをしているのが、結果的に家族のためになっていたので、「ずっとこれでいい。自分のペースでコツコツ続けていこう」と決めていました。もちろん、主演をはりたいという思いも持っていましたが、別に主演をやったことがないわけではなかったので。
『おっさんずラブ』は間違いなく、僕の俳優人生を変えた作品の1つでした。演じた春田というキャラクターは、確実にモンスターでしたし。春田に関しては「モテる」役どころとよく言われますが、少し違っていて、周りの上司(吉田鋼太郎)や同僚(林遣都)に振り回されているだけです(笑)。
でもそれ以上に、そもそも作品自体が素晴らしかったです。僕は始めから、『おっさんずラブ』という作品は絶対に大勢の人の心に響くと信じていたので、初回の数字があまりよくなくて、スタッフが申し訳なさそうにしていた時も、「絶対に届くから、大丈夫だ!」と声をかけていました。結果的に、多くの人に熱狂的に愛される作品になってよかったです。
そのお陰というか、ついでに、なんか僕までこうなりました(笑)。どうしてこうなったのかは、本当によく分かりません!
『おっさんずラブ』以降、「かっこいい」とか「可愛い」と言われることが増えました。「可愛い」なんていう言葉はそれまで言われたことがなかったですね。嬉しいかどうかは置いておいて、難しいですが……その言葉に対してはあまり何も感じていないです。普通に受け止めて「ありがとうございます!」と答えています。
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source : 文藝春秋 2020年1月号