この12月で2010年代が幕を閉じる。どの時代も、同時代人にとってはかけがえのない記憶の束だが、とくに10年刻みの「年代(decade)」は切実な時間の帯である。その中でも、2010年代は際立った年代だった。長い戦後(postwar)の国際秩序や国内政治体制、そして産業やメディアの構造が音を立てて崩れ始めた。
この咆哮する怒濤の10年の生みの親は、2008年のリーマンショックだった。それは、世界経済危機を引き起こし、貿易を縮小させ、自由貿易を後退させ、ユーロ危機を併発し、中ロの国際秩序に対する挑戦とルール軽視を促し、先進工業国全域に、反グローバル化と反自由主義、そしてポピュリズムとナショナリズムの逆流をもたらした。その逆流は、世界の自由主義を牽引してきた英米両国において最も劇的に現れた。2016年の英国のBREXITと米国のトランプ当選である。EU加盟国ではこの10年で欧州統合に反対する政党の得票が倍増した。
国際秩序は中東から崩壊し始めた。「アラブの春」と呼ばれる民主化は挫折し、リビアとシリアでは国家破綻とアナーキー状態に陥った。米国の「世界からの撤退」が始まった。
次に、2010年代は、台頭する中国が異質の体制のまま超大国になること、そして新たな対中戦略を必要としていることへの覚悟を私たちに強いることになった。日米欧では、中国は既存の国際秩序にとって脅威になりうる「修正主義勢力」であり、「戦略的ライバル」であると見なす中国観が党派を超えて登場しつつある。
振り返れば、2010年7月、楊潔篪中国外相が、アセアン地域フォーラム(ARF)外相会議で、居並ぶアセアンの外相たちをにらみつけるように宣言した次の言葉ほど10年代を象徴する言葉はなかっただろう。
「中国は大国であり、あなた方は小国だ、それは厳然たる事実だ」
古代ギリシャの歴史家、ツキジデスは紀元前5世紀のペロポネソス戦争を記した『歴史』の中で、超大国アテナイが中立国メロスに朝貢を要求するに当たって送った特使がメロスの民に向かって言い放った言葉を引用している。「強者はしたいことをする。弱者はしなければならないことを強いられる」。楊発言は、「21世紀のメロス通告」ではなかったか。
同時に、この時代はAI、5G、ビッグデータ、ブロックチェーンに代表される第4次産業革命の社会実装によってネットもリアルもまるごとIoTとコネクティビティの網に絡め取られることになった。それは多様化する社会と個人のニーズにピンポイントで応えるイノベーションを可能にする一方で、米国の巨大なプラットフォーマーのデータ支配と彼らが加速させるデータ主義への深刻な懸念を抱かせることになった。
一方、2013年、エドワード・スノーデンが米NSA(国家安全保障局)の盗聴作戦を暴露。また、2016年、ケンブリッジ・アナリティカがフェイスブック広告を利用し英EU離脱キャンペーンの政治影響力操作をしたことが明るみに出た。SNSが「自由で公正な選挙」そのものの基盤を脅かすことを人々は知った。電子投票の時代はもう来ないだろう、という予感とともに。インターネットはスプリンターネットへと分断され、ダーク・ウェブのどす黒くおぞましい未来がすでに出現してしまっている。
しばしば2010年代は1930年代と比較されることになった。
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source : 文藝春秋 2020年1月号