“小さな”問題も“大きく”映すテレビ/『マクルーハンの世界』竹村健一

ベストセラーで読む日本の近現代史 第76回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
エンタメ メディア 読書

 2019年11月19日に安倍晋三首相の通算在任日数が計2886日となり、歴代最長記録を持つ戦前の政治家、桂太郎(1847〜1913)と並んだ。翌20日には桂を超え、記録を塗り替えた。しかし、マスメディアや世論は、歓迎ムードとは言えない。首相主催で行われる「桜を見る会」で安倍首相や与党関係者が恣意的に招かれて入り、政治を私物化しているのではないかという批判が強まっているからだ。

 安倍首相や菅義偉官房長官も国会で野党の追及に対して釈明せざるを得ない状況に追い込まれた。

〈国の税金を使い、首相が主催する「桜を見る会」をめぐり、安倍晋三首相は(一一月)二〇日午前の参院本会議で、招待者選定について「私の事務所が内閣官房の推薦依頼を受け、参加希望者を募ってきた。私自身も事務所から相談を受ければ意見を言うこともあった」と自らの関与を認めた。会前夜の夕食会は、自らの後援会が主催したことも明らかにした。/立憲民主党の那谷屋正義氏の質問への答弁。首相は八日の参院予算委員会では「私は、招待者の取りまとめ等には関与していない」と説明していたが、修正した。/一方、菅義偉官房長官は二〇日午前の衆院内閣委で、桜を見る会の招待客をめぐる推薦者の内訳を示した。招待者約一万五千人のうち、各省庁推薦の功労者や各国大使、国会議員、勲章受章者などは合計約六千人程度。残りの約九千人は、安倍首相の推薦が約一千人、麻生太郎副総理や菅官房長官、官房副長官の推薦が約一千人、自民党関係者の推薦が約六千人などとした。/大西証史内閣審議官は「安倍事務所において幅広く参加希望者を募るプロセスの中で、夫人からの推薦もあった」と、首相の妻昭恵氏からの推薦もあったと答弁した。共産党の宮本徹氏の質問に答えた〉(朝日新聞一一月二〇日付夕刊)

 評者が外務官僚だった頃も東京に勤務する外交官やインテリジェンス機関関係者から「桜を見る会の招待状が欲しい」と頼まれたことがあった。外務省の枠で処理したこともあれば、当該外国人が親しくする国会議員につないだこともあった。与党国会議員が枠を持っていて、それを支持者のためにも用いていたのは永田町と霞が関の常識だった。永田町や霞が関の文化が、国民の一般的感覚から乖離していることはときどきある。道義的には批判される問題であろうが、現在の野党やマスメディアの安倍政権批判は行きすぎていると思う。評者は、2002年の鈴木宗男疑惑の渦に巻き込まれ「外務省のラスプーチン」と揶揄され、連日、国会で野党から非難され、メディアバッシングに遭った経験があるので、「桜を見る会」をめぐる騒動には既視感がある。重要なのは、客観的な事実とマスメディアにおける評価が著しく乖離する事態がなぜおきるかについて解明することだ。

テレビの力

 ここで参考になるのが竹村健一氏(1930〜2019)のベストセラー『マクルーハンの世界』だ。竹村氏は多才な人物だったが、カナダの文芸批評家で哲学者のマーシャル・マクルーハン(1911〜80)のメディア理論を日本に紹介し、テレビの意味を理論的に明らかにしたことが特筆される。竹村氏の説明を読んでみよう。

〈彼(マクルーハン)が第一作「機械の花嫁」The Mechanical Brideを世に問うたのは一九五一年。しかし以後十数年、彼はほとんど理解されなかった。ところが昨年「メディアの理解」Understanding Mediaを出版したときには、知識人の間ですごい反響が起こったのである。/マクルーハンを、アインシュタインやフロイドに並ぶ大思想家、とジェラルド・スターンが呼び、ライフ誌は「電気時代の予言者」と名づけた。「宇宙はカーブしている」と叫んだアインシュタインや、「幼児にも性欲がある」と述べたフロイドと同じ程度に周囲の人に理解されない、しかし偉大な理論をもつ人間がマクルーハンということになったのである。/(略)マクルーハンが現代をはじめて解明した、現代はマクルーハンの世界である、というのが欧米思想界の大きな発言となりはじめたのである。/彼の理論が特に注目されるのは、テレビの力をはじめて的確に説き明かしたからである。テレビ時代の予言者といわれるゆえんもここにある〉(まえがき)

 竹村氏は、〈マクルーハンは本に埋もれて1人研究を続けるタイプの学者ではなく、タイプライターに向かって考えをまとめる作家タイプでもないらしい。「わたしは1つの問題を何度も何度も討論し合うことが好きでね」と語っているが、それだけに、1人で書くよりも、討論した結果を共同作品として出すのに向いているようだ〉と指摘するが、討論を通じて思考を深めていくという手法は竹村氏と共通している。評者は2005年に『国家の罠――外務省のラスプーチンと呼ばれて』でデビューした直後、竹村氏に何度も呼ばれ、さまざまな議論をした。竹村氏から「世論に影響を与える97〜98%はテレビによるものだが、テレビが伝える内容は残り2〜3%を占めるに過ぎない活字メディアによって作られる。テレビと活字の両方の世界で生きることはかなり難しい。テレビに出ると消耗する。あなたはテレビに出ずに活字に特化した方が、能力を発揮できると思う」と助言された。現在も評者は竹村氏の教えを忠実に守っている。

 テレビの強さは以下の点にある。

〈テレビはマクルーハンによると「高い参加性、低い解説性のメディア」high-participation, low-definitionということになっている。「まき込む力が強く、情報量は少ない」といいかえてもいい。/活字媒体はその反対である。与える情報量は多いが、参加させる力は弱い。したがって活字文化で育った人間は、知識量は豊かだが、その知識には有機的関連がない。参加性が少ないメディアで育てられる結果、インテリの特徴は「第三者として、客観的にものごとから離れて見る」ということになる。テレビの場合は「内部へ入って、自分がその身になって考える参加性」を養うとマクルーハンはいうのである〉

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source : 文藝春秋 2020年1月号

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