AI時代には耐性思考の教育が必要だ

求められる情動社会への向き合い方

佐藤 卓己 上智大学教授

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いま知っておくべき論点を、専門家がコンパクトに解説する「文藝春秋オピニオン 2026年の論点100」。この人気ムックの記事を「文藝春秋PLUS」でも紹介します。

 農業化、工業化の次に来る「第三の波」は情報化だ、と多くの論者が唱えてきた。そこで実現するのは、すばらしき情報社会(information society)。つまり、知識産業で頭脳労働に従事する智民(network citizen)たちの理性的な社会としてイメージされていた。だが、私たちがいま直面しているのは、人間的というよりも動物的な情動社会(affect society)である。

 この情動社会では関心経済(attention economy)と感情労働(emotional labor)で働く認知資本主義が世界を覆っている。文書作成や翻訳要約など知的労働の多くがAI(人工知能)に委ねられる以上、情報処理のIQ(知能)より対人対応のEI(感情知能)が重視されるのは必然である。対話形式も手紙による文通とX(旧ツイッター)の違いが典型的に示すように、意味の理解で合意をめざす文脈依存型コミュニケーションから、共感の持続だけを目的に「いいね」ボタンを押す接続依存型コミュニケーションへと変化した。

画像はイメージです ©アフロ

 世紀末から喧伝されたEデモクラシーも電子民主主義(electronic democracy)ではなく、感情民主主義(emotional democracy)の略語だったのだろう。この民主主義ではメッセージ(内容)の真/偽は問題とされず、「もう一つの事実」(alternative facts)に向き合うメディアの信/疑だけが争点化される。

 国際政治においても、20世紀の思想戦は21世紀の認知戦へと情動論的転回を遂げた。そこではもはや言語化された「正義」「自由」「平等」などの理念を介することなく、快/不快の生理に直接働きかける宣伝が展開されている。

 こうした情動社会ではフェイクニュースにファクトチェックをいくら丁寧に繰り返したとしても、内容の真/偽より快/不快を問題にする人々には影響を与えない。むしろ「あなたは騙されている」という不快な忠告は人々の自尊心を傷つけるため、そう警告するマスメディアへの不信を深める人も少なくない。

 このような情動社会で求められるのは、情報を正確に処理するリテラシーより、不要な情報を聞き流すネガティブ・リテラシーである。具体的には、SNSなどにあふれる情報を必要以上に読み込まず、不用意に書き込まないだけの忍耐力と言ってよい。情報を真/偽に二分するのはAIが最も得意とするデジタル思考である。AI時代に求められる人間力とは、そうした白/黒、善/悪、利/害、優/劣の判断を急がず、あいまいな状況と向き合う耐性思考だからである。

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