船戸与一『かくも短き眠り』

第28回

與那覇 潤 評論家

NEW

エンタメ オピニオン 読書

回帰した「冷戦下の暴力」への依存症

 2022年のウクライナ戦争から、26年のイラン戦争への急変を見るとき、歴史や思想に基づいて「時代」を診断する虚しさが、ただ胸にこみ上げる。

 前者を起こしたのはロシアだから、冷戦に「敗れた側」の怨恨が原因だと位置づけるのは妥当に思えた。しかし後者は「勝った側」だったはずのアメリカが、イスラエルと組んで始めている。

 むしろ敗者と勝者を問わず、人間には殲滅すべき「敵」を求めてやまない本能があるのだろうか。いちどはルールで暴力を封じる秩序を築いても、必ずそうした破壊衝動に襲われる人類の愚かさは、どこか禁断症状の発作めいている。

 主に1995年に連載された、小説『かくも短き眠り』の舞台はルーマニア。旧共産圏ではユーゴスラビア内戦や、チェチェン紛争がすでに起きていた。

船戸与一『かくも短き眠り』(集英社文庫)品切れ

 だがそれらは「民族紛争の段階」に留まり、該当する地域に封じ込められた衝突にすぎないと、作中の人物は言う。そうではなく「壁が崩れるまえのように世界中が睨みあうことが重要なんだ!」と、冷戦下を懐かしむように彼は叫ぶ。

 そう聞けば読者は元KGBのプーチンのような、社会主義の下での「体制派」が抱く復讐心を連想する。独裁者チャウシェスクが残した爪痕が、地獄めぐりのように綴られた後ではなおさらだ。

 ところがこのビッグフォード少佐は、むしろルーマニアの体制転換にも参与した、秘密部隊のアメリカ人だ。そんな彼が数年後には、チャウシェスクの親衛隊の残党を集めて蜂起し、新たな冷戦への狼煙を東欧から上げるのだと吠える。

初回登録は初月300円ですべての記事が読み放題

初回登録は初月300円

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

18,000円一括払い・1年更新

1,500円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2026年7月号

genre : エンタメ オピニオン 読書