川上弘美「スナックふたり」

辛島 デイヴィッド 作家・翻訳家・早稲田大学教授

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サード・プレースを探して

 居酒屋、数珠屋、古道具屋。川上作品には、小さな店が重要な舞台の傑作も少なくない。今回の舞台は、年齢不詳、息ぴったりの「ママ」コンビが営む「スナックふたり」。メニューは、主に乾きものと飲み物だけだが、お通しにはこだわりがある。トマトひとつとっても、皮を剥いてだしに漬けたり、ゆかりをかけたり、さまざまにアレンジされる。頼めば、がっつり系の裏メニューも出てくる。

 しーやん、えりりん、マイマイ。客にはあだ名がつき、ひそかにキノコにも見立てられる。小さくて繊細なハナオチバタケ、はかなげなのに粘り気のあるネッタイヌメリタケ、馬糞に生えるセンボンサイギョウガサ(!)という具合に。この世のものではない気配のする、カウベルを鳴らさずに入ってくる客も例外ではない。

川上弘美『スナックふたり』(中央公論新社)2420円(税込)

 会話がとにかく楽しい。日々の言葉は、何かを進めたり、解決したりするために費やされがちだ。小説の会話も筋を進める道具になることが多いが、ここではもっと緩やかに横道へそれてゆく。

 阪神大震災やコロナ、さらには江戸時代も出てくるが、歴史とのつながりも緩やかで、店には独特の時間が流れ、読者もそこに身を任せる。

 一人で歌うカラオケも、この店では立派な会話だ。「津軽海峡・冬景色」に「アイノカタチ」! この空気を翻訳するのは容易ではない。外国語はもちろん、同じ日本語でも、生きてきた時代によって響きは違う。だからこそ、若い読者にもぜひ読んでもらいたい。

 前日と違う自分にならない。感情は持ち分の半分しか表さない。「ママ」の「こころえ」を守るふたりは頼もしい。お通しは変わっても、迎える側は変わらない。なので、町を離れた客も、たまに顔を出さずにはいられない。

 出張帰りの新幹線で本書を読んでいたら、地方にある母のスナックへ寄りたくなったが、あまりに遠回りなので断念した。

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source : 文藝春秋 2026年11月号

genre : エンタメ 読書