彼なくしてロス五輪決定はなかった。恩師と盟友が語る、絶対的エースの背中
9月13日、男子バレーボール日本代表が2028年のロサンゼルス五輪への出場権を獲得した。開催まで2年を残し、しかもこれまで何度も苦杯を喫した強豪イランを相手に、アジア選手権の決勝でストレート勝ち。大会を通じて6戦全勝、失セットはわずか1。紛れもなく、快挙である。
勝利を決する1点を自ら決めた主将の石川祐希はこう言った。
「安堵感はありますけど、ゴールはここではない。オリンピックでメダルを獲ることが、僕たちの目標なので、ホッとしたというのが本音です」
五輪までに2年の準備期間を得たことは、言うまでもなく日本代表にとって大きな利点がある。本番前の予選にピークを合わせることなく、五輪に100%で臨めるからだ。
勝利の直後はコートで歓喜の輪ができたが、選手たちに涙はない。むしろ当然の勝利を称え合う。10年前には誰も想像し得なかった姿だ。
もはや目標は、五輪に出ることではなく、メダルになった。「男子バレーは弱い」と言われ続けた時代には、考えられないことだった。

かつて日本の「お家芸」だった男子バレー。1972年のミュンヘン五輪では金メダルを獲得したが、80年代以降は下降線を辿り、92年のバルセロナ五輪を最後に、3大会連続で出場することすらできなかった。他競技に比べて日本で開催される国際大会は多く、アイドル的な人気を誇る選手も多かったが、負け試合ばかり見せられては人気も報道も減少する一方だった。2008年の北京五輪では4大会ぶりに出場したものの、“出場”が目標だった当時の日本代表に、頂点を目指して戦う力や戦術はなかった。予選リーグを五戦全敗で終えると、再び冬の時代を迎えた。
忘れられない光景がある。13年9月8日、翌年の世界選手権出場をかけたアジア予選だ。
その日の早朝、2020年の東京五輪の開催が決定し、日本中が祝福ムードに包まれていた。会場の垂れ幕には大きく「祝 東京五輪開催」の文字が躍る。前年のロンドン五輪で28年ぶりの銅メダルを獲得した女子は、その前日にオーストラリアに勝利して世界選手権出場を決めた。だがその熱気もむなしく、男子は韓国に完敗を喫し、当時24カ国の出場枠があった世界選手権(五輪は12カ国)の出場を逃した。
試合後のミックスゾーンに記者は数えるほどしかいない。肩を落とす選手たちの姿に、7年後への希望を見出すことは難しかった。
だが、翌14年、一人の男が現れる。それが当時19歳の石川だった。
実際は「リーダーと真逆」
石川は星城高(愛知)時代、2年、3年時にインターハイ、国体、春高と、高校生の主要タイトルをすべて制する三冠を2年連続で手中に収める「六冠」を達成した。攻撃の核を担うエースであり、3年生では主将を務めた。毎年、世代を代表するエースが誕生する中でも、石川の存在は圧倒的で、高校卒業後に日本代表へ初選出されたのも、「当然」と受け止める声が多かった。
絶対的エースでリーダー。文字の並びだけを見れば、今の日本代表での石川と重なる。だが実際の性格は「むしろリーダーとは真逆」と語るのは、石川の恩師である、星城高監督の竹内裕幸だ。
「いかに(石川を)前へ出すか、をいつも考えていました。無理してでも背伸びさせないとダメだと思ったんです。そうじゃないと、すぐ隠れちゃうような子でしたから」
その言葉通り、かつての石川は、人前で話すのが苦手で、記者に囲まれても先輩の陰に隠れていた。取材にとどまらず、時折コートでも「隠れていた」と竹内が笑う。
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