作家・堀田善衞(1918〜98)は、芥川賞受賞作『広場の孤独』、思想旅行記『インドで考えたこと』、そしてスペインを代表する画家の大作評伝『ゴヤ』などで知られるいっぽう、ベ平連の呼びかけ人やアジア・アフリカ作家会議の議長を務めるなど、戦後を代表する進歩的知識人でもあった。
時代小説の第一人者、佐伯泰英氏は、堀田がスペインに暮らしていた時期、その「書生」を務めていた。

堀田善衞先生は『ゴヤ』全4巻を刊行直後の1977年7月にスペインに渡り、1年強、おもにグラナダに暮らしました。その時期の日記は著書『スペイン430日』にまとめられていますが、8月14日の項に〈英文学者のN氏とカメラのS君、車で来訪〉という記述がある。この〈カメラのS君〉が僕のことです。
当時の僕は35歳で、闘牛を被写体とするカメラマン。時代小説に筆を染める20年以上も前で、日本とスペインを始終往来していた時期です。すでに日本で、何かの形で面識を得ていたはずですが、この訪問以降、僕は二回り年長の大作家の住まいに出入りを許されました。先生の僕に対する評は、日記によれば〈いささか騒がしいが、愉快〉。そのうち僕は「わが家に同居しなさい」と勧められるようになります。
そして翌年4月18日の日記に〈S君到着。これからしばらく下宿人を一人抱えることになる〉とあるとおり、9月に先生がいったん帰国するまで、スペインじゅうの闘牛を追いかけつつ、書生……書生というと聞こえはいいけど、堀田夫妻の運転手兼なんでも屋を務めたんです。アパートの一室をあてがわれ、奥様のこまごまとした遣いや、先生の書き上げた原稿を日本に送るべく、郵便局に持っていったりもしました。
僕の見た堀田善衞という人物は、なんといってもたたずまいが美しかった。
当時先生は60歳。肖像写真でおなじみの、やや長めの、白髪交じりの髪をオールバックにし、黒縁メガネをかけ、手にはいつも紙巻きタバコ。そして痩身長軀。僕の身長は175センチですが、僕よりもちょっと高かったと思う。先生のお伴でアルハンブラ宮殿に行った際に撮った写真が手元にありますが、石造りのベンチに腰掛けている姿。なんてことのないスナップだけど、きっと僕は、そのたたずまいに打たれ、思わずシャッターを切ったんだと思う。
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