魚は頭から腐る

日本人へ 第253回

塩野 七生 作家・在イタリア

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 西欧の歴史を書いていた頃の私の頭にしばしば浮んできたのが、右の格言だった。何をやろうと、頭が腐ってきたらお終いだ、と。

 国家とは、帝政でも王政でも少数指導の共和政でも民主政体でも変わりなく、まずは経済の興隆から始まる。経済が、個々人の能力と働きに左右される面が大きいからだろう。だがそのままで放っておくと、社会に格差が生じてしまう。格差の放置は社会不安につながる。これを是正するのが「頭」。つまり「政治」。

 この意味の「政治」は、経済の興隆による高度成長を安定成長に移行させるための高度の「技能(アルテ)」であるからで、「政治」が担当するしかない。ゆえに、安定成長期を確立しそれを長期に続けていくのに成功しさえすれば、その国は、個人の自由を保障し全体の秩序も保ち、経済上の繁栄を受けつつ、長命まで享受できることになる。

 その反対は、安定成長期の重要性に気づかず、高度成長期からすぐに衰退期に入ってしまうケース。当然、歴史上ではこのケースのほうが多く、もちろん短命に終る。ではなぜ古代のローマは、珍しい例外になれたのか。

 建国以来グズグズしていた共和政時代のローマだが、苦労の末に大国カルタゴを下して以降は高度成長期に入る。

 その完成者はユリウス・カエサル。完成者であったためかカエサルは、ローマを安定成長期に移行させるときの第一走者になる。皇帝にはならなかった彼によって、ローマは事実上、共和政から帝政への移行に成功したのだから。

 初代皇帝アウグストゥスは、カエサルの考えたとおりの形のローマ帝国を作りあげ、二代目の皇帝ティベリウスが、その帝国の内装を仕上げる。つまりローマ帝国とは、それ以来三百年以上もつづく、安定成長時代のローマというわけです。その百年後にくる五賢帝時代も、始めの三人が作りあげたローマ帝国を時代の変化に応じて手直しをしただけ。パクス・ロマーナ(ローマ主導の平和)の名で呼ばれるあの時代の国際秩序とは、安定成長時代に生きたローマ人による作品(オペラ)なのだ。そして長期にわたる安定成長期を経れば、その後に来る衰退も、ゆっくりとおだやかになる。これがローマの長命の理由ではなかったかと、私は考えている。

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source : 文藝春秋 2024年11月号

genre : ニュース 政治 国際 歴史