『巨富を築く13の条件』の戦略

角川 春樹 出版社社長
エンタメ 読書

 私の人生を変えた1冊は、ナポレオン・ヒルの『巨富を築く13の条件』(きこ書房)である。元記者で作家の著者がアンドリュー・カーネギーなど各界の著名な成功者500人のインタビューから得た成功哲学を論じている。1937年出版の名著は時代を超えて私のすべての戦略の元となった。

 大学を卒業した64年、取次店・栗田書店の倉庫でアルバイトをしていた。返品本の中にあった同書を盗んで読んでみたのである。「必ず成功すると信じれば、実現しない目標はない」という内容に非常に感銘を受けた。そして、父の経営する角川書店を「世界一の出版社にする」と心に決め、そう記した紙をベッドの側に貼って、朝と晩に大きな声で読みあげていた。

角川春樹氏 ©文藝春秋

 当時の角川書店は、経営は赤字で著者印税の支払いも遅れていた。学術出版から方向性を変え、恒常的に利益を出す構造にする必要があった。そこで『巨富を築く13の条件』の独創性と決断力を重視する視点が参考になったのである。

 最初のヒット作が『カラー版 世界の詩集』。クラシック音楽をバックに俳優が詩を朗読するソノシートをつけた。今後は「見て読んで聴く」の三位一体の時代になると予見したのだ。これは各巻20万部を超えるベストセラーとなった。

 次に、洋画原作のノベライゼーションに乗り出した。その発端は、68年に日本公開された映画『卒業』のノベライゼーション(早川書房)とサイモン&ガーファンクルらのサウンドトラックがヒットしたことだ。本と映画と音楽は親和性が高く、相乗効果で本を売れることを確信した。特に71年に日本で公開された映画の原作『ラブ・ストーリィ ある愛の詩』は大ベストセラーとなった。

 文庫ブームを仕掛けたきっかけはアメリカ旅行だった。ホテルのトイレに行くと、ゴミ箱にペーパーバックが捨てられていたのだ。内容はエンターテインメント小説が多かったが、その中にはかつて愛読したヘミングウェイの代表作『老人と海』(新潮文庫)もあった。私はペーパーバックに相当する、日本の文庫を高尚なものではなく、読み捨てる消耗品として捉え直そうと思った。そこで、石岡瑛子さんなどの気鋭のデザイナーを起用し、カラフルでポップなカバーにした。それが書店で目に入り、当時は考えられなかった文庫の平置きを実現したのだ。

 71年、角川文庫で最初に出した横溝正史さんの作品が『八つ墓村』である。アメリカではホラーとミステリを合体させたゴシックノベルがベストセラーになっていた。日本でいうならば、江戸川乱歩と横溝さんだと思った。特に高校時代に愛読していた『八つ墓村』は、日本風土のホラー的な要素とミステリが見事に融合している。同書を刊行するや、若い世代で話題となり、「忘れられた作家」だった横溝さんのブームを再び巻き起こしたのである。

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source : 文藝春秋 2023年5月号

genre : エンタメ 読書