人生を振り返ってみると、そうか、あの本が自分の人生を決めたのかと思い出す本が、いくつか存在する。幼少期の思い出の中で浮かび上がるのは、絵本の『ちいさいおうち』(バージニア・リー・バートン著、石井桃子訳、岩波書店)だ。
この本を親に買ってもらったのは、いつのことだったのか。字が読めるようになってからか、その前だったのか定かではないのだが。自然豊かな田舎の丘に建つ小さな一軒家。周りには何もなかったのに、やがて道路が通り、自動車が走るようになる。鉄道も通って、田舎の村は、次第に都会になっていく。そこまでは「世の中が大きく変わっていくぞ」という期待を持たせるのだが、やがて巨大な都市になってしまうと、ビルの谷間になってしまった一軒家は、誰も見向きもしなくなる。見ているうちに悲しくなってしまう。
しかし、やがてこの家に目を止める人が現れることで、小さな家は息を吹き返す。家ごと自然豊かな田舎に引っ越すのだ。
再び、太陽が昇って沈み、木々が色づくという四季の移り変わりが体験できるようになっていく。
子どもの頃の私は、この絵本を飽きることなく見続けていた。
10年ほど前、テレビの取材でデンマークを訪れ、コペンハーゲンの市民の家を見せてもらったら、子ども部屋に、デンマーク語版が置いてあった。自然を懐かしむ気持ちは万国共通なのだと感慨にふけったものだった。
東京で育った私が、NHKに就職して赴任先の希望を聞かれたときに、「小さな町の放送局に行きたい」と答えた背景には、この本の存在があった気がしてならない。
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source : 文藝春秋 2023年5月号