女性初の国連難民高等弁務官として難民支援を指揮した緒方貞子(1927〜2019)。2003年には国際協力機構(JICA)理事長に就任し、途上国の開発援助にも取り組んだ。JICAで初代秘書役を務めた鈴木規子氏(67)が語る。

今でも鮮明に覚えている出来事があります。ある年の、JICAの新入職員の入構式でのこと。当時40代だった私は、20代の若々しい新卒職員たちを目の当たりにし、帰りのエレベーターで他の部長さんたちと「若い方はいいですよね、輝く未来がありますよね」なんて話していたんです。すると、一緒にエレベーターに乗っていた緒方さんがくるりと振り返って一言。
「あなたたちだって、輝く未来がいっぱいあるじゃない」
緒方さんは76歳で、特殊法人から独立行政法人に移行したJICAの初代理事長に就任されました。国連機関で人道支援に携わってこられたとはいえ、JICAの任務である開発援助については決して詳しくはなかったはずです。それでも、世界に紛争や疫病で苦しむ国がある中で、日本人は何をすべきかを常に考え、70代で新たな領域への挑戦をされた。そんな方の前で、40代の私が、まるで自分には未来がないかのように言ってしまうなんて。恥じ入りました。
緒方さんは徹底した現場主義で知られます。JICAでも数々の組織改革を断行しましたし、海外出張にも頻繁に出かけました。最初の出張先は、カンボジアとベトナム。カンボジアでは地雷除去の協力現場を視察しました。JICAでは、現地の人たちがきちんと地雷除去するためのノウハウの供与や人材育成を行っています。普通は話を聞くだけのところ、緒方さんは「行きたいわ」と仰って、小型の飛行機に乗り、実際の地雷除去の現場まで足を運ばれました。
緒方さんは、常に組織の“肩幅”を広げていく人でもありました。肩幅とは、従来の活動範囲とでも申しましょうか。硬直した組織ほど、前例踏襲で肩幅どおりの仕事しかできなくなりますが、緒方さんは“本当に必要とされているなら、飛び込んでごらんなさい”とばかりに、どんどん肩幅を広げていきました。
「男性と女性は違うのよ」
一例を挙げると、難民を受け入れている地域は、決して生活環境のよい場所ではありません。難民キャンプには国連機関などから手厚い支援が入っているのに、周辺地域は貧しいまま。これでは難民キャンプとその周辺地域との間に摩擦が起きるのは自明ですが、従来は、JICAの活動領域ではないとされてきました。しかし緒方さんは、開発援助を担うJICAなら周辺地域のサポートもできるのではないかという発想で、支援に乗り出したのです。
年額プランがおトク!月あたり900円で全記事読み放題
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
オススメ!
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
電子版+雑誌プラン
18,000円一括払い・1年更新
1,500円/月
※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2026年11月号

