吉村洋文大阪府知事「医療崩壊も想定内だ」

吉村 洋文 大阪府知事
ニュース 政治
 今回の新型コロナウイルスに対する国の動きを見ていると、時にもどかしく思うことがあります。非常事態に直面しているにもかかわらず、官僚が言っていることをそのまま受け入れ、政治判断を躊躇しているのではないか。僕にはそう見えてしまうのです。

根回しよりも住民優先

 コロナの患者が3374なんて、医療が崩壊するじゃないか――。

 3月19日午前、「大阪府・兵庫県における緊急対策の提案(案)」と題された厚労省の非公開文書を目にして、僕は衝撃を受けました。そこには、こう記されていたのです。

〈(両府県の全域で)見えないクラスター連鎖が増加しつつあり、感染の急激な増加が既に始まっていると考えられる〉

 その試算によれば、4月3日までに患者数は〈3374人(うち重篤者227人)〉に到達し、〈重症者への医療提供が難しくなる可能性あり〉という。文書を見た時点で両府県の感染者は200人強でしたから、あっという間に約15倍に膨れ上がるということです。その急速な増え方に大きな危機感を抱かざるをえませんでした。

 しかも、この文書には、〈1人が生み出す2次感染者数の平均値が兵庫県で1を超えている〉とも記されていました。大阪では1を下回る傾向にありましたが、この数値が1を上回ると、感染が拡大するとされています。そして、〈今後3週間〉の〈大阪府・兵庫県内外の不要不急な往来の自粛を呼びかける〉と太文字の提案内容が記載されていました。

「表に出すべきとちゃうか」

 僕がこう主張すると、担当部局の職員から「非公表文書として国から提供のあったものです」と注意がありました。彼らとしては、当然の反応でしょう。でも、出すべきだ――そう思っていたところに、大阪市の松井一郎市長から連絡がありました。

「吉村、見たか? あれ、出した方がええと思わへんか?」

「そう思います。しかも、明日から3連休です。阪神間の行き来が増えるのは間違いない。府民、県民の皆さんに情報を伝えるべきです」

 松井市長とそんなやり取りをして、急遽、兵庫への往来自粛を要請し、その根拠として、先の厚労省の文書も公開しようと決めたのです。

 しかし、事は一刻を争います。部局の職員に相談すれば、反対されるのは目に見えていましたし、兵庫や国に根回しをしている余裕もなかった。そこで松井市長が夕方の退庁時に厚労省文書の存在を明かし、その後、私が囲み取材において、正式に往来の自粛要請を行いました。

 厚労省にも「文書を公表する。責任は僕らで取りますから」と報告しましたが、「ちょっと待ってくれ」という話になった。協議した結果、「厚生労働省クラスター班の専門家である北大の西浦博教授等が作成した資料と明示すれば構わない」とのことだったので、翌20日、府の対策本部会議で資料として出して公表するとともに、その後ツイッターでも資料を公表しました。

カンバン-吉村知事 共同 2020021801417
 
吉村知事

 厚労省の中には、大阪は他の自治体と違って勝手なことをすると思う人がいたかもしれません。でも、僕と松井市長は府民、県民に公表してリスクを伝えることを優先しました。また厚労省も重症者のベッドの確保、命を守ることを最優先に考えており、この文書をもってきた時の担当者も強い使命感を持っていました。方法に多少違いはあっても目指している方向性にそれほど大きな差はありません。実際、今も厚労省とはしっかり情報共有を続けている。何の心配もしていません。

政治判断にも根拠が必要だ

 もちろん、往来自粛要請にあたっては、葛藤もありました。一番大きかったのは、法律に基づいたものではなかったということ。橋下徹元大阪市長から「法律を無視している」と指摘されましたが、その通りです。私も橋下さんと同じく弁護士出身ですから、デュー・プロセス(法の定める適正な手続き)は重視しているし、それが法治国家としてあるべき姿だと考えています。

 たしかに、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法は、3月13日に成立していました。ただ、知事が移動の自粛を要請するには、国によって「緊急事態宣言」の対象に指定されることが前提条件です。しかも、その宣言を出すために必要な政府対策本部が設置されたのは1週間後の3月26日のことでした。

 ですから、あの段階では、どうしても法を超えた判断をするしかなかった。しかし本来法律に基づくべきところを法律に基づかずに実行する以上、一定の制約は欠かせません。そこで僕は「絞り込み」をかけました。厚労省文書は〈今後3週間〉の〈大阪府・兵庫県内外の不要不急な往来の自粛〉などを提案していましたが、「連休中の3日間」の「兵庫との往来自粛」に限ったのです。

 では、今回のような自粛要請を「する」「しない」の線引きはどこなのか? と問われれば、それは「政治判断」と答えるしかない。あえて言えば、「政治家の総合的な決断」でやるしかないのです。

 ただ、その政治判断も、何らかの根拠がなければできません。それまでも厚労省は色んな予測を出していましたが、ザクッとした計算式に基づく曖昧なものだった。でも、その点、今回の厚労省文書ははっきりと明記してありました。大阪・兵庫を名指しし、日数を指定し、1人単位で重篤者数も示している。しかも感染症の数理学研究の第一人者である北大の西浦先生という専門家が作った資料です。僕はこうした「エビデンス」を根拠に、大阪・兵庫の往来自粛を要請することにしました。

 それでも批判が出ることはもちろん承知です。その批判は僕と松井市長が受ければいい。「府民の命を守るため」に、政治家が決断をしないといけない局面だったと思います。

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松井市長

 政治家は、時に法律を超えて判断しなくてはならない――それは橋下さんに学んだものです。

橋下改革を目の当たりに

 橋下さんが知事になった2008年頃、府の財政はガタガタで、府債の償還のために積み立てていた「減債基金」に5000億円以上も穴を空けていました。この基金は本来、手をつけてはいけないお金です。そこで橋下さんはどうしたか。知事に就任した途端、すでに組んでいた予算をストップさせました。府政の常識からすれば、あり得ない判断です。しかしトップダウンで改革を実行した結果、組織の意識は変わり、財政もその後、黒字基調になりました。

 13年に桜宮高校のバスケットボール部で体罰事件が起きた時は、舞台となった体育科の入試中止にも踏み切っています。これも前例がないことで、「受験生を蔑ろにするな」という猛批判も受けました。それでも体罰が常態化していた学校の体質を変えるために、入試の中止を決めた。今では女子バレーボール元全日本監督の柳本晶一さんが学校改革担当顧問を務めるなど、生徒ファーストの学校に変わっています。

 そもそも僕と橋下さんの出会いは今から10年ほど前、橋下さんがちょうど「大阪維新の会」を立ち上げる頃でした。

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吉村知事と橋下氏

 僕はもともと大阪南部の河内長野市の生まれで、父親は中小企業のサラリーマン。政治とは縁もゆかりもない家庭に育ちました。東京で弁護士になって、05年、30歳の時に独立して大阪に戻ってきたのです。

 番組制作会社の顧問をやっていた関係で、故・やしきたかじんさんの顧問弁護士を務めたのが橋下さんと知り合うきっかけでした。ある時、たかじんさんから「橋下君が『大阪の改革をやらないかん。新しい政党を作る』と言うてたで。先生なんかええんちゃうの?」と誘いを受けた。僕としても、生まれ育った大阪の街を良くしたい気持ちがあったし、橋下徹という政治家にも惹かれていました。様々なタイミングが重なって、政治の道へ進むことになったのです。

クビになるのは覚悟の上

 11年に大阪市議選で初当選して以降、14年末の衆院選で国政に転じ、15年12月、橋下さんの後を継ぐ形で大阪市長になった。そして昨年4月のクロス選で、市長から今度は大阪府知事になりました。

使用ー橋下と吉村 共同 2015122100064-トリミング済み
 
橋下氏の後継として大阪市長に(15年)

 この9年間で様々な経験をしましたが、日々実感しているのは、市議や衆院議員と比べ、市長や知事は1人で判断し、決断し、実行していかなければなりません。職員の言うことに従うだけではダメで、最後は首長1人で判断し、責任を背負い物事を進めなくてはいけません。

 大阪府の職員もそうですが、公務員は本当に真面目で、実務的な調整も得意です。それこそ、勝手な「さじ加減一つ」で何かを判断することはありません。毎日の積み重ねが大事だから、「一生の仕事」になる。それが職員のあるべき姿だし、僕は間違っていないと思います。

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source : 文藝春秋 2020年5月号

genre : ニュース 政治