「濁りを恐れぬ受けの芝居」モーガン・フリーマン

スターは楽し 第167回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 映画
使用ー2002061700132ートリミング済み
 
モーガン・フリーマン

「あの娘は、自分がゴミだという事実だけを思い知らされて生きてきた」

 名作『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)の序盤で、ひやりとするナレーションが聞こえる。

 声の主は、モーガン・フリーマンが扮するスクラップという元ボクサーだ。スクラップは、うらぶれたボクシング・ジムに住み込んで雑用係をしている。ジムのトレーナーのフランキー(クリント・イーストウッド)は、かつてスクラップのセコンドを務めていた。タオルの投入が遅れたばかりに、スクラップが片眼の視力を失ってしまった過去がある。

 よく知られた映画だから、筋書の説明は省く。フランキーは、31歳という年齢で入門を志願してきたマギー(ヒラリー・スワンク)という女子ボクサーを育てはじめる。スクラップは、フランキーの陰でマギーを見守る。マギーの熱意と正直さ、危うさと脆さを、スクラップは早くから見抜いている。

 その視線が深い。同情や保護や慈愛といった単色の感情には収まり切らない。スクラップは挫折を知っている。忍耐も待機も逆襲の機会も知っている。ただ彼は、それを表に出さない。とはいえ、クールな口ぶりとか、抑制の利いた声とかいった常套句をはみ出す体温がある。見る者には、それが伝わる。スクラップは紛れもなくマギーを、そしてフランキーのことを案じている。好意やいたわりにとどまらない心の働きが、言動の陰から滲み出る。

 モーガン・フリーマンは、1937年、テネシー州メンフィスに生まれた。60年代前半から西海岸でダンスや演技のレッスンを受け、67年、全黒人俳優版『ハロー・ドリー!』の舞台を踏む。

 映画に出たのはかなり遅い。『ドライビング Miss デイジー』(1989)で名を知られ、アカデミー賞の主演男優賞候補になったときは、すでに50代だった。

 フリーマンが演じたのは、アトランタに暮らすユダヤ系の老婦人デイジー(ジェシカ・タンディ)の運転手ホークだ。1948年の南部が舞台とあって、人種差別は激しい。60代のホークは読み書きができず、ジョージア州を出たこともない。ただ彼には、持って生まれた知恵とユーモアが備わっている。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2020年5月号

genre : エンタメ 映画