「重喜劇が似合う妖怪」ソン・ガンホ

スターは楽し 第166回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 映画
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ソン・ガンホ
©Penta Press

 ソン・ガンホに似た俳優はいるのだろうか。見た目はともかく、体質の近い役者はいるのだろうか。アカデミー賞4冠に輝いた『パラサイト 半地下の家族』(2019)を見て、私はそう思った。

 ソンはこの映画を支えた主演俳優だ。映画自体が2重底3重底のつくりだが、ソンの芝居も容易に底を割らない。1967年に韓国の慶尚南道金海市で生まれているから、年齢はそろそろ50代半ばだ。ダシの利いた味が深まっている。

 イーライ・ウォラック、小松方正、アンソニー・ウォン、ハナ肇、リノ・ヴァンチュラ、ピーター・フォーク……渋い性格俳優や凄味の利いた悪役の顔ならいくつか思い浮かぶが、ソン・ガンホの気配や感触にぴたりと重なる役者はなかなかいない。朝青龍に似た印象があるという声も聞くが、眼がだいぶちがう。

 最初にソンを見たのは、『シュリ』(1999)で韓国の秘密情報局員に扮したときだった。叩いても壊れないというか、使い減りしない感じが記憶に残った。扁平な顔の奥に、みっしり固められた土壌を思わせる野太さが隠れている。

 背は高い。身体も強そうだ。なおかつ芝居が緻密だ。『JSA』(2000)、『復讐者に憐れみを』(2002)と見つづけ、パク刑事の役を演じた『殺人の追憶』(2003)で、はっきりと顔を覚えてしまった。ポン・ジュノ監督の名を一挙に高めたあの映画は、ソウルの南にある華城(フアソン)という地域で1980年代に実際に起こった連続強姦殺人事件をもとにしている。パクは、短気なチョ刑事や、ソウルから派遣されたソ刑事らと事件を追う。

 といっても、足並みはまったくそろわない。捜査は前近代的だし、現場保存は限りなく杜撰だ。学生デモの鎮圧に忙しい機動隊は、手を貸す余裕がない。当時の韓国は軍事政権で、防空演習を名目とした夜間の灯火管制も珍しくなかった。

 そんなカオスのなか、パク刑事はひたすら迷走する。誤認逮捕や自白の強要を繰り返し、言動はしばしばとんちんかんな方向に逸れる。事件はきわめてシリアスなのに、かつて今村昌平が得意とした重喜劇のような味わいも漂ってくる。怖くておかしく、おかしくて怖い。

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source : 文藝春秋 2020年4月号

genre : エンタメ 映画