「上質のハム」ジャック・レモン

スターは楽し 第170回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 映画
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ジャック・レモン
AF Archive/Mary Evans Picture Library/共同通信イメージズ

『お熱いのがお好き』(1959)、『アパートの鍵貸します』(1960)、『あなただけ今晩は』(1963)……。

 私が小学校や中学校に通っていたころ、ジャック・レモンが主演したビリー・ワイルダーの映画は圧倒的に人気があった。子供の私は封切で見なかったが、年長のおじさんやおばさんたちは、口をそろえてこの連作を褒めちぎっていた。

 ふうん、そんなに面白いのか、と思って私が見るようになったのは、60年代の末になってからだ。当時、ワイルダー作品は名画座の定番メニューだった。何度となく繰り返して上映されるので、見逃す心配はまずない。

 固定ファンも相変わらず多かったが、私にはちょっと隔靴掻痒の感があった。戯作(げさく)といえば実によくできた戯作なのだが、当時の私はゴダールやペキンパーに夢中だったから、レモンの体現する笑いがどこか物足りない。達者なことはわかるのだが、ぬるいとも感じる。小市民コメディは苦手だ、人情喜劇はお説教臭いな、といった感想を抱いて映画館を去ることが多かったのを覚えている。

 だったらいっそ、という気分で見た『グレートレース』(1965)で、私は思わず笑った。20世紀初頭、実際に行われたニューヨークからパリまでのカーレース(アラスカ経由)を題材にしたお気楽コメディだが、レモンはここでフェイト教授という悪役に扮する。彼は悪知恵の限りを尽くし、助手のマックス(ピーター・フォーク好演)とともに、主人公レスリー(トニー・カーティス)の邪魔をしつづける。そのしつこさがおかしい。

 監督のブレイク・エドワーズは、直前に『暗闇でドッキリ』(1964)を撮ったせいか、悪乗りにドライヴがかかっていた。レモンも、天才ピーター・セラーズや異才ハーバート・ロムほどの狂気は感じさせないものの、思い切りよくスラップスティックに挑んでいる。脚がすらりと長く、身体が意外によく動くのは収穫だった。サメ魚雷や潜水艦のギャグ、2役で演じる東欧の馬鹿皇太子の場面も笑える。世評と異なり、この人は演技力よりも捨身の体技で勝負したほうが面白いのではないか、と私は思った。

 ジャック・レモンは1925年2月、マサチューセッツ州ニュートンの病院のエレベーターのなかで生まれた。役者をめざしたのは8歳のころといわれる。

 出世作はジョン・フォード監督の『ミスタア・ロバーツ』(1955)だが、ワイルダー監督とは都合7本も協働している。そのなかでもっとも笑えるのは、やはり第1作『お熱いのがお好き』だ。

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source : 文藝春秋 2020年8月号

genre : エンタメ 映画