著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、石内都さん(写真家)です。
母は18歳で自動車免許を取得した。1934年(昭和9年)である。その当時、地方の女性の仕事は女中か、針子が般的だったが、母は手に職をつける為にドライバーを選んだのである。バス、トラック、タクシー、ジープ、宣伝カー……もちろんセダンやスポーツカーも。あらゆる自動車を84歳の生涯の中で運転していた。
そんな母の影響を受けて育った私は、女も働くのはあたり前だと思っていた。一方で母は地味で口数が少なく、いつでも父の後でひかえているようにみえた。
1944年、軍事物資と男2人の助手をトラックにのせた母が、学徒出陣で派遣されていた父と出会う。終戦後、母は大学へもどった父の学費を援助し、卒業すると母の住む家で一緒に暮らしはじめた。そんな時に戦死したはずの前夫がもどってくるという戦後の混乱の中で私は生まれた。母31歳、父24歳である。この結婚は両家から大反対された。父方の祖父だけはこれからは女性も働く時代になるからと賛成したが、祖父は私が生まれてすぐに亡くなり、親族の母に対する差別的な態度はその後も変わらなかった。
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source : 文藝春秋 2020年5月号