著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、鷲田めるろさん(十和田市現代美術館館長)です。
父は油絵を描いていた。私が幼い頃、父はまだ学生で、時間に余裕もあったのだろう。よく写生に連れて行ってくれた。父のキャンバス地の画材入れをよく覚えている。絵の具のチューブが乱雑に直接放り込まれ、様々な色が層になってこびりついていた。私も横で絵を描いた。学校用に買ってもらった12色の水彩絵の具の紙箱を捨てて、バッグに直接入れた。それが格好いいと思っていた。今から振り返ってみると、父が描いていたのはエコール・ド・パリや後期印象派に影響を受けた、デフォルメされた人物像であった。
小学校3年生から2年間、父の留学に伴って、ドイツに住んだ。その間にたくさんの美術館に連れて行ってもらった。美術館で見た多くの絵は、ゴッホの時代の絵だった。父の好みが反映されていたと思う。絵とはそういうものだと思い、自分も実際の色とは全く異なる色で、レンガや木を描いていた。特に記憶に残っているのは、ウィーンの美術館で見た、ほとんど真っ黒の暗い画面の中に、人間の屍体に蛆が湧いているグロテスクな宗教画である。それまで私にとって絵とは、明るく外光に満ちた色彩豊かなものだったので、なぜこのような嫌な感じの絵をわざわざ描くのか、分からなかった。
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source : 文藝春秋 2020年5月号