私は東京・文京区千駄木で往来堂書店という広さ20坪ほどの本屋を営んでいますが、3月後半の連休の頃、事態の予想できない展開にかなりの不安を感じていました。東京に緊急事態宣言が出されたらどうなるのか。ロックダウンとはなんなのだ。町から人影が消えてしまい商売が成り立たなくなるのではないか。そもそも自宅から仕事場である店まで通うことができるのか。
結局、新刊書籍と雑誌を扱う書店は東京都の休業要請の対象とはなりませんでしたが、休業するところも数多くありました。
現在、地元住宅街の書店、ターミナルの大型書店、郊外のモール内の書店、そしてネット書店と様々な書店があります。今回休業を余儀なくされた店、そうでない店様々でしたが、立地や仕組みなどタイプの異なる存在が並列することで、システム全体が止まってしまうことを避けられるのではないでしょうか。
また本や雑誌の製作、流通、販売の流れの中での本屋の役割も再認識しました。本屋が閉まってしまえば、書き手やデザイナーを含めた出版業界全体が滞ることになります。
会社勤めの人は在宅勤務、子どもたちも学校には入れませんが、春休みも、そしてなんとゴールデンウィークになっても旅行には行けず、ディズニーランド、映画館、デパート、図書館までもが休みで、どこにも行くところがない。「家で本を読むくらいしかすることがない」とはお客様の言葉です。
結果町には普段より多くの人がいて、その方たちが私の本屋にも立ち寄ってくださいます。密集を避けるために入店を制限するほどではありませんが、お会計の順番待ちの間、前のお客様と間隔をとっていただくために床に「足あと」の目印を貼り付けました。
今回つよく感じたのは、地元にもまだまだ今まで店にいらしていなかったお客様がたくさんいたということです。外出の自粛が求められているわけですから、今いらしているのは基本的には近所にお住いの方ということになります。その方々に「クレジットカードは使えますか」「定休日は何曜日?」「夜は何時までやっているの」といったことをよく聞かれるのです。いつもいらしているお客様ならあまり尋ねないことです。
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source : 文藝春秋 2020年7月号