渡部恒三氏
先日、父、渡部恒三が88歳で他界した。晩年、父は自分を「人に恵まれた」と繰り返し語っていたが、確かにそのとおりだったと思う。そのような父を持ったことで、私自身、現在のシンクタンク研究者という仕事と巡り合い、その人脈から多大な恩恵を受けてきた。今回、多くの方々に父の評伝を温かく書いていただき、それを再認識している。
シンクタンク研究者というのは、学者の端くれではあるが、大学研究者のように学問を究めるのが目的ではない。社会に情報を提供し、政府の政策に影響を与えるのが仕事である。おのずから、メディア関係者、官僚、国会議員、海外の政府関係者との接触が多くなるが、「渡部恒三の息子」ということで、嫌な思いをしたことは一度もない。考えてみれば、政治家という職業は毀誉褒貶相半ばするのが普通であり、父は政治家としては、かなり特殊な存在だったのではないだろうか。
私もそれなりに変わった道を歩いてきた。高校の頃、文系か理系かの決断を迫られた際、母が歯医者だったこともあり、歯学部を目指すことにした。当時、父は保守王国、福島県の中選挙区で、先輩の大物代議士に囲まれ、選挙での生き残りは楽ではなかった。母の収入が家計的には大きなヘッジ(保険)になっており、父も歯学部選択に賛同してくれた。選挙にあまり自信がなかったのかもしれない。
大学に入学してから状況が変わった。最初の大臣(中曽根内閣の厚生大臣)を経験して選挙に余裕ができた。かたや歯科医という仕事は、患者の減少と歯科医の増加で、経済的にはそれほど魅力的ではなくなりつつあった。
大学卒業目前に父に日本の抱える課題を聞いた。「日本の中には大きな心配はない。これだけの経済成長をしながらも大きな貧富の差を作り出さなかった。これは褒められていいぞ」「では安心なのか」と聞くと、「頭が痛いのが米国との関係だ」と。
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source : 文藝春秋 2020年11月号