民主政(デモクラシー)とは、民主主義者を自認する人々によって壊されるもの、という想いをかみしめている今日この頃である。
第一は、私が住んでいるイタリアの現政府の、2年にわたっての迷走を見ながら。
第二は、そのイタリアも一員のEU全体の無機能を眺めながら。
古代ギリシアを書いた『ギリシア人の物語』の第1巻のサブタイトルは「民主政のはじまり」で、2巻目は「民主政の成熟と崩壊」としたのは、デモクラシーは古代のギリシアのアテネで生れ成熟し、そして死んだからである。あれを書いていた当時の私の頭は、シロウトもよいところの素朴な疑問で占められていたのだった。なぜペリクレスが生きていた時代のアテネでは民主政(デモクラツイア)が機能していたのに、彼が死んだとたんに衆愚政(デマゴジア)に突入してしまったのか。衆愚とは民衆が愚かということだからこの頃では使わない表現だそうで、代わりに「ポピュリズム」というらしい。しかし、表現は変えても、なぜ、には答えてくれていない。ペリクレスがたぐいまれな政治家であったのはもはや定説だが、その彼が死んだとたんにアテネ市民が愚か者に一変したということはありえないのだから。カリスマ性と言って済ますほどは人が良くない私は、機能と不機能を分ける要因は、政治担当者の資質と同じ程度に、政治システムの構築のしかたにもあるのではないかと考えた。
アテネの政治制度は、市民一人一人の票で決まる直接民主政。しかも選挙は年に1度行われるので、政治家は年に1度選挙の洗礼を受けることになる。その制度下でペリクレスは連続当選をつづける。今ならば開票が始まるや「当確」と出るのを、30年以上にわたってつづけたのである。そのうえ、彼が当選をつづけた「ストラテゴス」とは、ストラテジーを考え、その実行の際に国全体をリードしていく人の意味だから、国政の最高指導者。とは言っても「ストラテゴス」は彼一人ではなく、10の選挙区から選ばれた10人。ゆえに当選直後に成されるのは、政見が一致しているとはかぎらないこの10人の間での意見の一致、つまり今ならば「閣内一致」になる。
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source : 文藝春秋 2020年9月号