私の「コロナ後」

日本人へ 第206回

塩野 七生 作家・在イタリア
ニュース 国際 教育

 一応は落ちついた観のあるイタリアでも一応は押さえつけた観のある日本でも、「コロナ後」の社会について、かまびすしい議論が交わされるようになった。もはやデジタルでないと追いついていけないとか、テレビ会議やスマートワークが主流になるとか、コロナによる恐怖が遠のいたと思ったら、次はデジタルに背中を押される不安で安心できる暇もない。と言って、恐怖も不安も感じないでいると平和ボケとされてしまうから、人間らしく生きるのはますます困難な時代になった。

 作家は外出禁止令有る無しに関係なく一人で書くのが仕事だから、もともとからしてスマートワークではあるのだが、それは半ばでしかない。書くのは一人で出来ても、それを本にする作業は、担当編集者という名の協力者無しでは絶対にできない。しかも、編集者は出版社側の人間だから、著者とは利害は完全に対立する。私のほうは美しい本を出したいと切に願っていても、あちら側を律するのは、昨今とみに縛りつけがきつくなった、作るうえでの経費削減と売る場合のリスク回避。メールのやりとりで容易にカタがつく問題ではないのだ。と言って、私の側の想いを押し通したのでは出版さえもできなくなる怖れがある。まずもって、私の考えに同意しつつある担当編集者を、板ばさみの状態にしたくない。 

 原稿は書き終っているのにこちらのほうの問題で頭が痛いこの頃だが、この悩みを忘れるために、次の日本滞在中にはまったくちがうことをしてみたくなった。

 それは、これ以上はないくらいに原始的でアナログ的。一言で言えば「寺子屋」。中学から高校の年頃の子供たちとの間で、率直な話し合いの時間を持つことです。

 昨年の秋に一応は母校の学習院でやったことはあるのだが(NHKでも放映されたらしい)、あのときは子供たちから出た要望を学校側が受け、それに私も乗ったので、20 人ぐらいと見ていたのが、その10 倍になって調子が狂ってしまい、私自身としては満足いく出来ではなかった。だが一般の評判は良かったようだから、あれはあれでよしとしよう。しかし、今度は私の思いどおりにしたいのだ。

まず、参加人数は20人前後とする。顔を見、誰々クンと呼びかけながらリードしていくには、20人という数が限度と思う。

 第二は、この会合は2週間に一度の2時間とする。できれば土曜の午後。子供たちの授業のない日と私の仕事のない日を合わせるため。

 第三だが、その席には学校側の人々も生徒たちの家族も、傍聴であっても認めない。子供たちに、誰にも遠慮することなく自由に思うままを口にしてもらうためである。

 第四。その場には、テレビや出版社関係の参加はNO。昨年のときはテレビの取材はOKしたが、もしかして子供たちはテレビに映るのを喜ぶかも、と考えたからで、私自身は好きではない。また、映像でも文字でも記録に残ると思うと発言に慎重になるのは人の常、でもあるので、今度はそれさえもとり除いてやりたいのだ。ただし、子供たちが自分でソーシャルメディア上で発信するのは認めよう。デジタル世代である彼らに、短文という限界の中でも発信力を鍛えてもらうのが目的。私のほうはコンピューターにさわったこともないしスマホも持っていないから、SNS上で、今日のシオノさんの話は面白くなかった、と書かれても、読まないのだから不機嫌になりようがない。

そして第五 。2週間に一度とするのはその2週間のうちに私の指定した本を読んでくるのを義務づけたいからで、もちろん毎回のテーマごとに、読んでくる本もちがってくる。

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source : 文藝春秋 2020年8月号

genre : ニュース 国際 教育