ジョン・ボルトン「私が見たトランプの正体」

「再選で日米同盟は破棄される」

ジョン・R・ボルトン 元米国連大使
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 ジョン・R・ボルトン元米国連大使が、ドナルド・トランプ政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたのは2018年4月〜翌年9月の間のことである。今年6月に出版した回顧録「それが起きた部屋(The room where it happened)」では、トランプ政権の舞台裏が赤裸々に詳述され、大きな話題を呼んでいる。同書は発売直後の1週間で販売部数78万部を突破したという。

 トランプ大統領や北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長の人物像とは。そして今後、日本はトランプ大統領とどのように渡り合うべきなのか。ボルトン氏にインタビューを行った。(取材・構成:古川勝久)

※記事の最後に、ボルトン氏のインタビュー動画を公開しています。そちらも合わせてご覧ください。
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ボルトン氏

深刻化する北朝鮮問題

 ――米朝間の軍事的緊張が高まった2017年当時、戦争のリスクはどれほどあったのか?

 ボルトン 軍事紛争のリスクはかなり高まっていた。前任のバラク・オバマ政権は北朝鮮と交渉して妥協することはしなかったものの、8年もの間、制裁をかなり緩めてしまった。その間、北朝鮮は核兵器・弾道ミサイルの実験を繰り返した。トランプ氏によると、オバマ氏から大統領職の任務を引き継いだ際、「あなたが引き継ぐ最大の問題は北朝鮮だ」と言われたという。それに対してトランプ氏はオバマ氏にこう答えたそうだ。

「ならば、なぜあなたは何も対処しなかったんだ? 戦略的忍耐というだけで、ただ問題が深刻化してゆくのを傍観していただけじゃないか」

 滑稽とまではいわないが、実に悲劇的なことだ。

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 ボルトン氏は著作の中で、17年12月7日にトランプ大統領、マイク・ペンス副大統領、ジョン・ケリー大統領首席補佐官(当時)と対北朝鮮政策について協議した時の模様をこう記述している。

〈私は、北朝鮮の核・弾道ミサイル計画に対しては先制攻撃が効果的であること、そしていかに攻撃を遂行するべきかを説明した。北朝鮮は南北非武装地帯の北側に、ソウル市を射程におく大砲を配備している。米軍がこれらを膨大な数量の通常兵器を用いて爆撃すれば、被害者の数を劇的に減らせる〉

〈トランプ氏は私に尋ねた。『北朝鮮との戦争が起きる確率をどう見ているか? 五分五分か?』。私は答えた。中国の出方次第だが、おそらく五分五分だろう、と。すると、トランプ氏はケリー氏を振り返ってこう言った。『彼も君と同意見だね』〉(著書引用)

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 ボルトン 北朝鮮が米国に到達可能な核兵器能力を保有して一線を越えるまでに残された時間はもはやほとんどない。少なくとも現時点では、非核化を巡る米朝交渉に進展の見込みはない。北朝鮮は、オバマ政権時代の8年間に加え、さらにトランプ政権下で少なくとも3年半もの間、核・弾道ミサイルの開発を続けてきた。明らかに弾道ミサイル計画はさらなる進展を遂げた。核兵器計画も継続中と想定せざるを得ない。イラン、または中国人やロシア人の科学者が北朝鮮に協力している可能性もある。

 問題は未解決のままだ。それどころか、4年前と比べれば、北朝鮮の核・弾道ミサイル計画のペースこそ落ちているかもしれないが、問題はさらに深刻化している。

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金正恩との非核化交渉にも同席

「レガシー」を求めて北に接近

 ――なぜトランプ大統領は金正恩委員長とのトップ会談に前のめりだったのか?

 ボルトン トランプ氏は外交にかかわるうえで深刻な問題を抱えている。彼自身と外国首脳との個人的関係と、米国と交渉相手国との国家間の関係をいつも混同してしまい、区別できない。彼は、金正恩氏と良好な個人的関係さえ築けば、米朝関係も良好になると考えている。過去3回の米朝首脳会談のいずれでも、この問題が露呈した。

 2018年6月にシンガポールで開催された米朝首脳会談には、私とマイク・ポンペオ国務長官、ケリー大統領首席補佐官も同席したが、トランプ氏は何の前触れもなく突然、金氏に対して「米韓合同軍事演習の中止を指示する」と言い出した。米国にとって何も見返りなどなかったのに、だ。この申し出に金氏はかなり喜んでいた。他方、北朝鮮はその後も軍事的挑発を続けている。米国にとっては単なる手放しの譲歩に過ぎない。それどころか、在韓米軍の戦闘即応性すら損なっている。

 しかし、トランプ氏の考えでは、喜んだ金氏と良好な個人的関係を築けたことが重要なのだ。国際問題への対処にあたり、彼は幾度となく同様の行動を繰り返してきた。これは特に北朝鮮との関係では危険だ。

 ――1990年代以降の米大統領を振り返ると、オバマ氏を除くほぼ全ての大統領が、任期満了が近づくにつれ、北朝鮮との関係改善に前向きになった。なぜか?

ボルトン 大統領の補佐官や評論家は、「レガシー」(後世に残る偉業)として北朝鮮やイランの核問題の解決策を見出す必要がある、と大統領にいつも進言してきた。米国では、厄介なことに「レガシー」という言葉の訴求力はとても強い。

 対外政策におけるレガシーとは、「世界平和」と関連する業績と考えられている。リベラル左派が好む考えだ。もし大統領が北朝鮮やイランの核問題をはじめ様々な問題の解決への道を開けば、後世の歴史において高く評価される、と一般的に考えられがちだ。一見、魅惑的な話だが危険である。もちろん世界平和を好まない人間などいないだろう。だが、問題の本質は、米国が北朝鮮のような問題国に優しく接してこなかったことではない。

 興味深いことに、オバマ大統領は北朝鮮に対するレガシーにはこだわらず、「戦略的忍耐」を続けた。彼は交渉を通じて北朝鮮に妥協することはなかった。だが、約8年もの間、北朝鮮を放置し、核・弾道ミサイル開発の時間的猶予を与えてしまい、とても危険な結果を生みだした。

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Zoomでインタビューに応じた

トランプの登場は金正恩に好機

 ――米大統領はレガシーとして北朝鮮の核問題解決を追求したがる。金委員長はこれを見越して、交渉のレバレッジとしたのか?

 ボルトン 金氏にとっての唯一にして絶好の機会は、いうまでもなくトランプ大統領の誕生だ。ただし、過去の米朝首脳会談の際、トランプ氏はレガシーにはあまりこだわっていなかったと思う。むしろトランプ氏はメディアで脚光を浴びるため、北朝鮮と重要なディール(取引)を結びたいと切望していた。これこそ、北朝鮮側にとって対米交渉上のレバレッジとなった。こちらが交渉相手よりも強く、取引で合意したいと考えていれば、すぐに相手に悟られてしまう。相手方は交渉上、優位に立ち、自らに有利な形での妥結を目指そうとする。金氏は間違いなくこの状況を理解していた。

 ――金正恩氏の人物像は?

 ボルトン シンガポール米朝首脳会談の際、金正恩氏は疑いの余地なく北朝鮮の政権の中心人物だった。彼は自信に満ち溢れ、安心してゆとりをもっていた。トランプ氏から取引を通じて何を得られるか、わかっていたようだ。

 だが、続く19年2月のハノイでの米朝首脳会談は、彼にとって予想外の展開だったようだ。首脳会談の直前、私はトランプ氏に「もし我々が必要と考える形でディールを結べなければ、交渉の席を立つことも辞すべきではない」と言って説得した。首脳会談で金氏は部分的な非核化等、限定的な取引しか望んでいなかったが、トランプ氏は「それでは受け入れられない」と金氏に伝えた。トランプ氏は金氏に対して、北朝鮮の核の完全放棄に関する「ビッグ・ディール」でなければ受け入れられない、と伝えたのだ。金氏は、自身が望むディールは結べないことがわかると、かなりイラついていた。

 会談後、金氏は北朝鮮の交渉団の主要メンバーに会談決裂の責任を問い、彼らを収容所に収監したとか銃殺したといったニュースが流れた。全体主義国家の指導者が部下から「首脳会談はこうなる見込みです」と予め説明を受けていたのに、実際にはそれとは真逆の方向に交渉が進むと、このような悲劇が起きる。金氏は、全体主義国家では異議を受けることの無い指導者だろうが、首脳会談では思うように事を進められず、非常に深い挫折感を味わったようだ。

懸念される10月の「サプライズ」

 ――金氏の妹である金与正氏、側近である北朝鮮外務省の崔善姫・第1次官の印象は?

 ボルトン 金与正氏は米朝首脳会談に同行していたが、私は彼女といくつか言葉を交わしただけだ。彼女は英語を話せないようだ。

 崔氏は、米朝首脳会談前の米朝実務者協議に参加していたが、首脳会談の交渉には参加しなかった。彼女は北朝鮮外務省を代表して、私やペンス副大統領、ポンペオ国務長官に対して、非友好的な声明を何度も繰り返し表明していた。

 だが、トランプ氏が米朝首脳会談開催を決断して以後、北朝鮮はトランプ氏の悪口を決して言わなくなった。北朝鮮は、トランプ氏を取り巻き連中から引き離せば、容易に騙せると考えているのだろう。今後も、北朝鮮はトランプ氏の悪口を控えるだろう。

 私が見るところ、今年11月の米大統領選挙が終わるまでの間、米朝交渉は再開されないと思う。トランプ氏自身、今年初めにはそう話していた。ただ、彼は最近、発言を軌道修正した。米朝首脳会談開催の可能性が出てきたからだ。

 米大統領選挙では「オクトーバーサプライズ」(米大統領選挙の前月の10月に起きる、選挙に大きな影響を及ぼす出来事)が、常に大きな注目を集める。現在、トランプ氏は民主党候補のジョセフ・バイデン氏に後れを取っており、苦境から抜け出すための策を見出さないといけない。劣勢を打破するために、トランプ氏が再度の米朝首脳会談を決断するかもしれない。もしそうなると、彼は首脳会談の成果とするために、北朝鮮に対してどんな譲歩をしでかすものか、わかったものではない。私は深く憂慮している。

 ただ、首脳会談がなければ、米朝交渉は特に何も進展しないだろう。ハノイ会談時に北朝鮮の外務大臣だった李容浩(リヨンホ)氏は決裂後、少し時間が経ってから解任された。責任を取らされたのだろう。彼の後任の外務大臣は、軍部出身者だ。私自身は会ったことがなく、米政府でも彼について知っている人はあまりいないと思う。北朝鮮の外務大臣の交代は、米大統領選挙までの間、北朝鮮が従来よりも対米強硬路線にシフトする可能性を示唆している。

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source : 文藝春秋 2020年9月号

genre : ニュース 政治 国際