ジャーナリストの大西康之さんが、世界で活躍する“破格の経営者たち”を描く人物評伝シリーズ。今月紹介するのは、サンダー・ピチャイ(Sundar Pichai、グーグル、アルファベットCEO)です。
サンダー・ピチャイ
37億人のユーザーを背負う調整型「ハイパー移民」
数々の伝説に彩られた創業者の後任ほど、難しい仕事はない。日本で言えば、松下幸之助、本田宗一郎、盛田昭夫の後任である。創業者と比較され、大いに苦労するのは目に見えている。まして任された会社が世界に37億人の利用者を持つグーグルなら、なおさらだ。
「会社が人間だとしたら、グーグルは21歳の若者。そろそろねぐらを出てもいい頃だ。日々の会社の業務に深く関わる時間は十分に過ごしたから、これからは助言と愛情を注ぐ誇り高い両親になろうと思う。毎日、ガミガミ言う親じゃなくてね」
2019年12月3日、グーグルの創業者、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンはこんなコメントを残し、突然、グーグルの役職を去った。
グーグルは2015年に、持ち株会社の「アルファベット」を設立し、ペイジが最高経営責任者(CEO)、ブリンが社長に就いていたが、2人はアルファベットを含む全ての役職を返上し、アルファベットと事業会社グーグル両社のCEOを1人の男が兼ねることになった。
2人の創業者が去った後、37億人超の利用者と世界中の投資家、世界各国の政府、そして約10万人のグーグル社員を満足させるという途方もない仕事を任されたのがサンダー・ピチャイだ。
ピチャイは1972年にインドで生まれ、南部の街チェンナイで育った。電気技師だった父親は電子部品の工場を経営しており、母親は速記者だった。共働きでも裕福とは言えず、弟を加えた4人家族が2間のアパートで暮らしていた。家に電話が引かれたのはピチャイが12歳の時である。
そんなピチャイにとっては、優秀な頭脳が貧しさから抜け出す「蜘蛛の糸」になった。
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source : 文藝春秋 2020年9月号