昭和史研究家の保阪正康が、日本の近現代が歩んだ150年を再検証。歴史のあらゆる場面で顔を出す「地下水脈」を辿ることで、何が見えてくるのか。今回のテーマは「武装する天皇制」。日清戦争を機に主体的な帝国主義の道を歩み始めた日本。その陰に「睦仁」の葛藤があった(構成:栗原俊雄)
保阪氏
敗戦まで続いた天皇の武装化
江戸時代の265年間、日本は対外侵略戦争を経験していない。天皇は権威を保ってはいたが、権力は握っておらず、したがって武力も持っていなかった。その状況は、明治維新によって一変する。
維新政府は、薩摩、長州を中心とした勢力が武力によって成立させたものであり、一種の軍事革命といえる。軍事革命集団は、そのままでは烏合の衆であり、権威的裏付けはない。そこで薩長は、天皇を戴くことにより、名分を得たわけである。
ただ、軍事革命によって成立した政府は、同じく軍事で守らなければならないのが宿命である。そのため、天皇に軍事の大権を付与するというかたちで天皇の武装化が急速に進められた。これが近代日本における帝国主義の特徴であり、昭和20年8月の敗戦まで続いたといえる。
では、どのようにして天皇の武装化は進められたのか。また、維新政府が帝国主義への道をひた走り、日清・日露戦争へと突き進む中、天皇自身は内心では軍事の大権をもつことや武装化する天皇制をどのように受け止めていたのだろうか――今回はこのあたりを中心に検証する。
武士と農民の不満を抑え込む
まずは天皇の武装化のプロセスを振り返ってみたい。
1871(明治4)年、明治政府は薩摩・長州・土佐藩の兵士およそ1万人を集め、「御親兵」を創設した。さらに1873(明治6)年に徴兵令を制定。全国の6管区に鎮台が置かれ、兵士が常駐することとなった。鎮台はのちに相次ぐ士族反乱を鎮圧する役目を果たす。
維新政府が軍事の強化に力を入れた背景には、旧幕府勢力を中心として新政府への反感が強かったことがある。廃藩置県では旧幕藩体制を解体し、秩禄処分では大量の武士を事実上失業させた。特権を奪われた士族の不満はたまっていった。征韓論で西郷隆盛らと共に敗れ下野した江藤新平は1874(明治7)年、郷里で「征韓党」の首領となって決起した(佐賀の乱)。1876(明治9)年には熊本にあって復古的な攘夷論を掲げる「敬神党」(神風連)の乱が起きた。福岡県では秋月の乱、維新の土台でもある長州でも元参議、前原一誠らによる萩の乱が起き、1877(明治10)年には西南戦争へと至った。
これらはすべて鎮圧されたが、武士以外の国民の間にも政府への反発は強まった。たとえば明治6年の地租改正だ。当時の日本の主要産業は農業で、西欧を模範とする近代化政策を急激に進める財源は農村自体に求められた。江戸時代は地域ごとに税率が違い、また米で納めるのが原則だったため、米価の変動で収入は不安定だった。そこで明治政府は、課税の対象を収穫高ではなく地価とした。さらに税率を地価の3パーセントとし、凶作でも豊作でも原則的に同じとした。また納税は現物納ではなく金銭へと変えた。
地租改正は政府の財政基盤を安定化させるためには効果的であった。しかし農民の側から見れば、豊作の時ならばともかく、凶作の場合の負担は当然ながら大きくなる。また多くの農家はもともと現金収入に乏しく、大きな負担となった。これに徴兵制度による兵役の義務が加わった。小学校を設置し初等教育の整備を図ったが、これも子どもが重要な労働力だった農家にあっては痛手となった。
不満による農民一揆が、全国各地で起こった。ことに大きかったのは1876(明治9)年、三重と岐阜、愛知などにまたがる「東海大一揆」だ。これを受けて翌明治10年、大久保利通の主導により地租は2.5パーセントに引き下げられた。一揆がきっかけになったことから「竹やりで、ドンと突き出す2分5厘」とうたわれた。
軍事の「統帥権」を天皇に付与
こうした騒乱の中で、天皇の武装化が進んでいった。西南戦争の翌明治11年には参謀本部が設立されている。1882(明治15)年には「軍人勅諭」が出され、大日本帝国の軍隊は天皇の軍隊であることが明示された。詳細は前回にも紹介したが、前回触れなかった一節を確認しておこう。
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source : 文藝春秋 2020年10月号