日本社会を形づくる「家族」を読み解く/『東京タワー』リリー・フランキー

ベストセラーで読む日本の近現代史 第85回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
エンタメ 読書

 先日、安倍晋三首相は辞意を表明したが、第2次安倍政権は、決して支持率は高くなかったにもかかわらず、7年8カ月という歴代最長の長期政権となった。日本では、国民の平等な秘密投票で国会議員が選ばれる。そして国会議員が首相を選出する議院内閣制をとっている。民意で国家指導者が選ばれるのだから、日本も民主主義国だ。しかし、イギリス、フランス、アメリカと日本の民主主義はどこか異なる。この点について、わかりやすく分析しているのがフランスの人口学者で歴史家のエマニュエル・トッド氏だ。

 トッド氏は、民主主義には、「フランス・アメリカ・イギリス型」「ドイツ・日本型」「ロシア型」の3つの類型があると指摘する(『大分断』)。

〈まず、「フランス・アメリカ・イギリス型」の民主主義です。例えば、フランスのパリ盆地の農民、つまりフランス革命が起きた場所での家族というのは、核家族で個人主義です。そこから生まれた価値観が自由と平等でした。パリ盆地の農民家族には、大人になった子供たちが親に対して自由であるという価値観があり、兄弟間の平等主義という価値観もありました。そのような地盤があった上で、識字率が向上し、その平等と自由の価値観は普遍的な価値観になっていったのです。

 次に、「ドイツ・日本型」の民主主義についてです。日本の十二世紀から十九世紀の間に発展した家族の形というのは、直系家族構造で、そこでは長男が父を継いでいきます。ここで生まれた基本的な価値観は、自由と平等ではなく、権威の原理と不平等です。両親の代がその下を監視するという意味での権威主義と、子供がみな平等に相続を受けるわけではないという点から生まれた不平等です。つまり、日本の識字率がある程度のレベルまでいった時点で明らかになった価値観が、権威の原理と不平等だったのです。だから、軍国主義のように権威主義に基づいた形がとられた時期もありました。それはドイツを思い起こさせます。ドイツもまた、イギリスやフランスの価値観を取り込むことに失敗したからです。ドイツは、その家族構造が日本と似通っているのです。

 民主主義の種類について最後に付け加えたいのが、「ロシア型」の民主主義です。西洋でしばしば議論の対象になるのが、共産党に続いたロシア政権の本質です。ロシアの基礎にある価値観は、中国と同じで、権威主義と平等主義です。そこに伝統的な宗教の崩壊が起き、共産党が生まれました。現在、ロシア人たちは投票をするようになり、その中で、世論調査が認めるように、彼らは一斉にプーチンに投票をしているのです。これは新しいタイプの民主主義と言えます。権威主義と平等主義に合致したタイプの民主主義で、一体主義的な民主主義と言えるでしょう〉

民主主義と「家族」のかたち

 識字が国民に広く普及した家族様式によって民主主義の鋳型が形成されるというトッド氏の分析には説得力がある。1789年のフランス革命は、パリ盆地を中心に起きた。この地域では、相続は兄弟姉妹で平等になされた。兄弟姉妹が平等なので人類も平等だという認識になる。また家父長的な権威が強くないので、民衆の意向に反するような政権は打倒すべきだという発想になる。

 ロシアでは、国民に識字が普及したときには共産党の独裁政権が成立していた。従って、誰もが権威を認める。国民は貧しくても平等であれば、政権に対して不平不満を口にしても、それを打倒する行動はとらない。ソ連崩壊後のロシアでは、民主的選挙によって大統領が選ばれるようになった。しかし、そこでは権力を争奪するための自由競争は起きず、既存の権力者を追認するという選択を国民が無意識のうちにとる。これがプーチン政権の強さの秘密だ。

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source : 文藝春秋 2020年10月号

genre : エンタメ 読書