なぜ、あの人が──。死の物語化が負のスパイラルを生んでいる
<この記事のポイント>
●異常な頻度で芸能人が亡くなっていることが、死に関する「物語」を作ってしまっている
●コロナ禍が人から「社会性」を奪ってしまい、精神的なダメージが大きくなった可能性がある
●重要なのは、メディアが報道のありようを再考すること。そして、私たちひとりひとりが自殺を「物語化」しないこと
斎藤氏
非常に強い危険信号が出ている
今年の5月以降、木村花さん、三浦春馬さん、芦名星さん、藤木孝さん、そして竹内結子さんといった芸能人の方々が次々と、自殺、ないし自殺と考えられる状況で亡くなられています。これは、明らかに非常事態です。
実は、日本における自殺者数は、この夏に急増しました。警察庁の発表によると、8月の自殺者数は1854人。前年同月は1603人ですから、251人も増加している。今年上半期の自殺者数自体は前年を下回っていたことを考えると、最近の増え方は顕著です。
しかし、こうした数字を考慮しても、芸能関連の著名人が自殺とおぼしき亡くなられ方をしている頻度は、サンプル数が少ないとはいえ、統計学的に有意に高いのではないかと思います。今、芸能人は、ある種のリスクを抱えた集団だと考えても間違いではないでしょう。
亡くなられた方々が抱えていた事情は、バラバラだと思います。しかし一つ確かに言えるのは、異常な頻度で芸能人が亡くなっていること自体が、明らかに死に関する「物語」を作ってしまっているということです。「物語」には人を巻き込む力があります。
大変言いにくいことですが、精神科で患者が自死すると、同じように死を選ぶ患者が続発することがあります。同様に、生と死の境界線上にいる人たちが、芸能人の死の「物語」に触れることで死に傾く可能性は非常に高い。
精神科医として私が見ている患者さんの中にも、三浦春馬さんや、竹内結子さんの自殺に深くショックを受けている方がいらっしゃいます。元からその芸能人の長年のファンだったわけではないのに、です。芸能人たちの死は、心が弱っている人たちに対して、大きな影響を及ぼしかねない。このことを、きちんと考慮する必要があります。
そもそも芸能人の仕事というのは、人の情緒を動かすことです。そうしたポジションにある人間の死が、世の人々の心を大きく揺さぶってしまうことは、当然の理なのです。
ひとりの芸能人が亡くなり、ショックを受け、何とか立ち直っても、次の死でまたショックを受ける。メンタルを打ち砕くようなダブルパンチ、トリプルパンチを受けている人は、相当数いるはずです。
今の状況は、非常に強い危険信号が出ていると考えていいと思います。
(左から)木村花さん、竹内結子さん、三浦春馬さん、芦名星さん
コロナ・ピューリタニズム
自殺が増えている状況の背景には、まず前提として新型コロナの影響が考えられます。
私は自粛生活の中で生み出された倫理観を、敬虔な、ときに潔癖なピューリタン(清教徒)になぞらえて「コロナ・ピューリタニズム」と呼んでいます。
3密の回避、ソーシャル・ディスタンス、あるいはマスクの着用といった、医学的・疫学的知見に基づいて求められた行動変容が広がっていく中で、いつの間にか道徳規範にすり替わってしまった。本来、ウイルスに感染することは被害であって加害ではないのに、自分は潜在的な加害者であるという意識を植え付けられています。
さらには、優生思想のような危険な考え方が、そこかしこに見え隠れするような状況になっています。重症化した高齢者はレスピレーター(人工呼吸器)を若い患者に譲るべきかどうかといった議論と優生思想の距離は、存外に近い。
そして、こうした命の価値を安易に断じるような思想が、社会の息苦しさに拍車をかけているのです。
「コロナ・ピューリタニズム」がもたらす閉塞感の典型的なものは、「コロナうつ」と呼ばれるような状況です。これは正式名称ではもちろんありません。しかし、「コロナうつ」と言われているということ自体が、人々がコロナ禍の中において生活変容、行動変容を強いられた結果として、やる気がなくなったり、気持ちが沈むといった状況にあることを指すキーワードとして有効な言葉だと思います。私自身、そうした傾向がありましたし、何となく意欲がわかないとか、気合が入らないという実感を持つ人は多いと思います。
そして、深刻なのは、これがいつまで続くか分からないということです。終わりそうになったと思ったら、またぶり返すような状況がメンタルに与えるダメージは非常に大きいと思います。
他者が怪物に見える
コロナ禍において、芸能関係の仕事をしている方々が大きなストレスを抱えていることは容易に想像できます。それまで華やかな場にいたのに、一転してドラマや映画の撮影が中断、舞台は中止で再開は未定という先の見えない状況に追い込まれました。経済的にも精神的にも切羽詰まっている方も多いと思います。
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source : 文藝春秋 2020年11月号