「どうしてお前が研究開発のベンチャーをやるんだ」
プロサッカー選手として浦和レッズで16年間プレー。引退する年に起業を決意した私に、友人知人からそんな声が投げかけられた。それも当然、会社で働いたこともなければ、ビジネスや研究の仕組みを知りもしない。それでも私は踏み出す決意をした。あれから5年経つが、まだ何かにたどり着いたわけではない。ただ一歩ずつ描いた夢を実現できるのではと、日々思いは強くなってきた。
私が現在取り組んでいるのは、五輪代表選手やプロ野球選手、Jリーガーなどトップアスリートの腸内細菌を研究し、その知見をアスリートはもちろん、一般の方々にも還元する事業である。昨今、腸内細菌といえば様々な研究が進み、太りやすさや痩せやすさ、筋肉の形成、果てはメンタル、精神疾患との関係まで明らかにされつつある領域だ。とはいえ、世の中から注目される領域だから足を踏みいれたわけではない。全ては私の経験に通じている。
調理師の母のもとに育った私は、幼少期から「人間は腸が一番大事」と“英才”教育を受けてきた。プロのサッカー選手になった後も、遠征時には梅干しや緑茶を持参し、お腹にお灸をして温めるなど、腸を中心にコンディションを整え続けていた。思い出すのはU-23日本代表として臨んだUAEでの五輪予選。食事か水か原因は不明だが、ほとんどの選手が下痢などで体調を崩す中、私は万全のコンディションで試合に出場できたのだ。私のサッカー選手生命は腸によって支えられていたのだと思う。
現役も終盤に差し掛かるころ、トレーナーから腸内細菌を研究している人を紹介された。その人と話をする中で、日頃からコンディションの管理を徹底するアスリートの腸を調べれば面白い発見ができるのではとの考えに至った。
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source : 文藝春秋 2020年11月号