1月19、20日の2日間にわたって大学入試センター試験が行われた。現在の試験は、来年1月が最後で、2021年からは「大学入学共通テスト」に移行する。
〈センター試験は、主に国公立大を対象に(一九七九年から)一一年続いた共通一次試験が、「大学の序列化を進める」などと批判されたことを受けて導入され、一九九〇年に始まった。一律五教科が原則だった共通一次と異なり、各大学が使う教科を自由に選べる「アラカルト方式」をとり、私立大の利用も容易にした。/結果的に、センター試験に参加する四年制大学は初年度の一四八大学から七〇三大学に増え、特に私立大は一六大学から五三一大学に膨らんだ。(略)この間、一八歳人口は約二〇一万人から約一一八万人まで減ったが、センター試験の受験生は五〇万人以上を維持している。/センター試験が高校に与えた影響で特に大きかったのは、二〇〇六年に英語へ「リスニング」を導入したことだった。当初は機器のトラブルなどに注目が集まったが、文部科学省は導入を機に高校などで「聞く」の指導が重視されるようになり、高校生のリスニング力の向上につながったとみる。一七年の同省による高校生調査では、リーディングの力と同水準だった。/長く大学入試を分析してきた坂口幸世・代ゼミ教育総研主幹研究員は、「学力低下論争」が一九九〇年代後半に起きて以降、センター試験の考え方が変わったとみる。「高校教育に悪い影響を与えないように、と注意深く実施していたものが、一転して高校教育を方向付けするようになった。リスニングはその典型で、国際化への対応として、きわめて政治的に決められた」と話す〉(「朝日新聞デジタル」1月20日)。
センター試験は、マークシートの択一式問題という制約の下で、難問奇問を排し、高校段階で習得した知識を問う優れた問題が多い。ただし、この方式では、記憶力と情報処理能力はチェックできるが、表現力や未知の問題に遭遇した場合にどう対処するかという能力を評価することはできない。2020年度(21年1月)から実施される「大学入学共通テスト」では、国語と数学に記述式問題を導入する他、マークシートの択一式問題でも極力、思考力を問う試験を行うことを目標としている。しかし、表現力や思考力を客観的な数値で評価することは困難だ。そもそも高校まででなく、大学や大学院でも表現力や思考力を本格的に鍛える教育は行われていない。
素直な記述か、アイロニーか
このような教育で、日本人はAI(人工知能)を始めとする技術が急速に発展する未来で生き残っていけるのであろうか? この深刻な問題について考えるのによいのが、イスラエルのヘブライ大学で歴史学を教えるユヴァル・ノア・ハラリ教授(1976年生)の『ホモ・デウス』だ。
本書の冒頭で、ハラリ氏は、〈三〇〇〇年紀(西暦二〇〇一〜三〇〇〇年)の夜明けに、人類は目覚め、伸びをし、目を擦る。恐ろしい悪夢の名残が依然として頭の中を漂っている。「有刺鉄線やら巨大なキノコ雲やらが出てきたような気がするが、まあ、ただの悪い夢さ」。人類はバスルームに行き、顔を洗い、鏡で顔の皺(しわ)を点検し、コーヒーを淹(い)れ、手帳を開く。「さて、今日やるべきことは」/その答えは、何千年にもわたって不変だった。二〇世紀の中国でも、中世のインドでも、古代のエジプトでも、人々は同じ三つの問題で頭がいっぱいだった。すなわち、飢饉と疫病と戦争で、これらがつねに、取り組むべきことのリストの上位を占めていた〉と指摘する。その上で、人間が飢饉、疫病、戦争という3つの問題を克服する状況が、予見される未来に生まれる可能性について検討する。さらに、交通事故や登山中の転落死、殺人などによる死は免れることはできないものの、病気や老化による死を克服する可能性についても検討し、「ホモ・デウス」(ラテン語でホモは人間、デウスは神)が誕生する可能性があると説く。
興味深いのは、ハラリ氏のテキストが多声的なことだ。可能性について述べると同時に、「そうはならないであろう」という声が聞こえてくる。本書の記述を、素直に読むか、逆説かアイロニーとして読むかによって、見えてくる世界がだいぶ異なってくる。本書は暗示的な表現で終わっている。
〈何か月という単位で考えるのなら、中東の紛争やヨーロッパの難民危機や中国経済の減速といった、目の前の問題に焦点を当てるべきだろう。何十年の単位で考えるのなら、地球温暖化や不平等の拡大や求人市場の混乱が大きく立ちはだかる。ところが、生命という本当に壮大な視点で見ると、他のあらゆる問題や展開も、次の三つの相互に関連した動きの前に影が薄くなる。/1 科学は一つの包括的な教義に収斂(しゅうれん)しつつある。それは、生き物はアルゴリズムであり、生命はデータ処理であるという教義だ。/2 知能は意識から分離しつつある。/3 意識を持たないものの高度な知能を備えたアルゴリズムが間もなく、私たちが自分自身を知るよりもよく私たちのことを知るようになるかもしれない。/この三つの動きは、次の三つの重要な問いを提起する。本書を読み終わった後もずっと、それがみなさんの頭に残り続けることを願っている。/1 生き物は本当にアルゴリズムにすぎないのか? そして、生命は本当にデータ処理にすぎないのか?/2 知能と意識のどちらのほうが価値があるのか?/3 意識は持たないものの高度な知能を備えたアルゴリズムが、私たちが自分自身を知るよりもよく私たちのことを知るようになったとき、社会や政治や日常生活はどうなるのか?〉
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source : 文藝春秋 2019年5月号