『試験にでる英単語』の初版は、今から52年前の1967年に刊行されたが、若干の改訂を経て、現在まで生きているロングセラーでベストセラーだ。現在販売されているものは、森一郎氏の次男である森基雄氏が索引を改訂し、2色刷にした1997年版だ。評者が埼玉県立浦和高校の学生の時も、同級生とこの単語集の暗記競争をした。外交官試験の準備の時にも役立った。本書の目的について、森一郎氏はこう記す。
〈夏目漱石が、昔、松山の中学校で英語の教師をしていたころ「生徒たちは、英語の勉強にあまりにも多くの時間を使いすぎる」/と言って、嘆いたそうである。明治時代の漱石の嘆きは、現代の英語教育にも、大いに通じるところがあるようだ。/じっさい、現代の高校生諸君の中には、勉強時間の半分以上を英語に費やしている者が相当多く、しかも、そのわりには能率が全然上がっていない。生徒諸君は英語の他に、代数・幾何・国語・漢文・地理・歴史・物理・化学・生物その他、じつにいろいろな科目を学習しなければならないのであるから、諸君は英語の勉強に使うべき時間を、各自の勉強時間の総量の、せめて5分の1以下に切りつめなければならない。そのために、効果的・能率的な英語の学習法および指導法はないものかしら、とぼくは長年考えてきた〉
受験勉強では総合マネージメント能力が問われる。本書の目的は、大学合格のために、最少時間で必要な英単語を習得することだ。それだから、絞り込まれている。そのことに不安を感じる読者を念頭に置いてこんな説明がなされている。
〈「本書におさめられた見出し語の数は、わずかに1、800語ぐらいであるが、受験生としてはこれでは少なすぎるのではないか、どうも心配である。著者の考えをお伺いしたい」/この質問に対しては、ぼくはいつも大体次のような返事を書いている。/「ここに収録した1、800語は、一見少ないように見えるけれども、これだけ覚えてしまうのでさえ、ことほどさように容易な業ではありません。一般に人間の記憶力というものは、まことになさけない非力なものであって、よほどの天才でもない限り、他の学科目の学習のあいまに、1、800の英単語を暗記することは至難のことです。とにかく、この1、800語を覚えてしまって、試験の日までに、なおかつ余力があるならば、その時にもう一度相談してください。そうすれば、その時点において英単語について、もう一段上の忠告をいたしましょう」/これに対して「私は先生の単語集の中の単語を全部覚えましたが、それ以上にどういう単語の勉強をやればよいでしょうか」という再質問を聞いたことはたった一度しかない〉
この1800語を覚えれば、接頭辞、接尾辞から類推して5000〜6000の英単語を習得することができる。ちなみに森氏に「すべての単語を覚えたので、その先の勉強法を教えて欲しい」と尋ねた読者(恐らく高校生か浪人生)は、その後どのような職業に就いたのだろうか。翻訳家もしくは通訳になったのかも知れない。評者の知り合いには、英語、ロシア語、チェコ語、ドイツ語の通訳や翻訳家がいるが、いずれも単語を覚えることに対して情熱を持っている。高校生段階で『試験にでる英単語』を完全にマスターし、さらに英単語を覚えようとする人は、英語のプロとして生きていく資質があると思う。
1日に何語覚えるべきか
学習法も丁寧な説明がある。
〈「英単語の最も能率的な学び方・覚え方を教えてください」/これは、まことに虫のよい質問であって答え方が難しい。次の二つのことを参考のために言っておく。/(1)どうしても覚えにくい単語は、1語1語カードに書き取り、そのカードを1日につき3枚ないし5枚ポケットに入れて持ち歩き、折あるごとに取り出して覚える。1日につき、3語ないし5語にとどめておくことが必要で、欲ばって1日に10語も20語も覚えようとすると、かえって頭の中が混乱してしまい、欲ばった分だけ損をすることになる。/(2)カードに書いても、それまで文章の中で見たことのない単語は、なかなか覚えにくいものである。だから、英語の読書量をふやすように心がけて、おなじみの単語の数を多くしておくことが必要である。英文を読まないで、単語だけを取り出してそれの訳語を覚え、もって英語の勉強は終わったとするほど愚かなことはない〉
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