菅政権への不安と不満が「あの男」を担ぎ出すのか?
<この記事のポイント>
●「パクス・アベーナ」が終わり、自民党は戦国時代に入った
●今回の政権樹立で二人三脚だった菅首相と二階幹事長だが、対立の芽が見え始めている
●「ポスト菅」候補の面々はどれも帯に短し襷に長し。そこで最大公約数として安倍前首相が浮上する可能性がある
「ポスト菅」を狙う茂木
「安倍一強」の時代、自民党内の実力者同士が対立することはあっても、前首相、安倍晋三の下の小競り合いで収まった。「安倍による自民党の平和」=「パクス・アベーナ」だった。
だが、安倍退陣とともに、自民党は戦国時代に入った。安倍路線の継承を旗印に掲げる菅義偉が総裁選で圧勝し首相に就いてもなお、党内のあちこちで権力の地盤がゆがみ、それぞれの政敵に対する不満のガスが充満している。その臭気が時折、漏れ出すが、それは思惑含みの情報戦という形を取る。登場者が異なる政治対立が入り組み、チャートを一層複雑にしている。
チャートの中心の1人は副総理兼財務相の麻生太郎だ。
麻生氏
10月17日夜、麻生は菅と党本部にほど近いホテルの和食店で、2時間半にわたって、2人きりで会食した。永田町では「あの2人で2時間半、もつはずがない」「安倍が一緒だったのではないか」などと噂が飛び交った。火のないところに煙は立たない。噂が広がるのは、麻生が菅への対抗心を隠そうとしないからだ。
麻生が「菅降ろし」のカードとして持つ首相候補は、外相の茂木敏充。麻生によるかつての茂木評は「自民党職員に最も人望がないのは茂木」「あんなに口の軽いやつはいない」と散々だったが、最近、急接近している。
麻生と茂木の関係性が変わったのは、安倍と麻生が2人きりで会談を重ねた6月。もともと2人は「ポスト安倍」の大本命として当時の政調会長、岸田文雄を考えていたが、岸田の相次ぐ失態をみて「岸田では難局を乗り切れない」と一致。本命を茂木に乗り換えた。
麻生は当時防衛相だった麻生派所属の河野太郎の名を挙げ、「俺は河野を推したが、茂木になったよ」と周囲に披露した。「茂木首相案」はいつしか雲散霧消したが、麻生と茂木は会食を重ねる仲に発展。麻生は「俺と茂木は、菅や二階とは人種が違う」と漏らし、菅およびその後ろ盾となっている党幹事長、二階俊博を「仮想敵」に見立てる。
「ポスト菅」を狙う茂木にとっても麻生は貴重なカードだ。所属する竹下派は「ポスト菅」でも一枚岩ではないからだ。安倍と元幹事長の石破茂による一騎打ちとなった2018年総裁選では、衆院側は茂木が安倍でまとめたものの、参院側は元党参院議員会長の青木幹雄による鶴の一声で石破支持となった。
参院竹下派の実力者である党参院幹事長代理、石井準一は今でも「茂木は許せない」と怒りを隠さず、「青木先生は『次は加藤だ』と言っている」と吹聴して回る。加藤とは、菅政権で官房長官に就いた加藤勝信。茂木、加藤はいずれも安倍政権で要職を歴任したが、派内では当選回数が多い茂木のほうが重く見られてきた。派閥例会でも茂木がひな壇に座る一方、加藤はヒラ議員扱い。加藤は官房長官としての多忙を理由に、例会の欠席を続けているが、「出席した場合は席をどうすればいいか」と派内では悩みが募る。
茂木氏
時機外れの「大宏池会」
総裁選で菅に敗れた岸田の評価は、3歩進んで2歩下がっている。3歩進んだのは、派内若手からの信頼だ。新総裁の選出方法をめぐり、村井英樹や小林史明ら岸田派の衆院当選3回議員が中心になり、二階ら党幹部に、党員投票による正式な総裁選を要求した。ただ、仮に党員投票が行われれば、党員人気で後れを取る岸田に不利になる。このため村井らは岸田に事前に相談。すると岸田は思わぬ言葉を吐いた。
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source : 文藝春秋 2020年12月号