再々登板待望論の安倍を襲った「桜捜査」と、そこにチラつく菅の影
<この記事のポイント>
▶︎菅首相は早くも安倍前首相の描いてきた航路からの離脱を目論んでいる
▶︎「桜を見る会」を巡るスキャンダルは、菅サイドがNHKや読売新聞に対し、積極的に報じるよう強く促していたという関係者の証言がある
▶︎菅首相は周囲に「安倍氏はいつまで権力者気取りなんだ」と吐き捨てたという
暗闘の結果
「安倍政権の継承が私の使命」
そう言い切って日本の操舵輪を簒奪した首相菅義偉は、言葉とは裏腹に、早くも前任の安倍晋三の描いてきた航跡からの離脱を目論んでいる。
安倍の遺言とも言える敵基地攻撃能力の保有論は棚上げを半ば公言。安倍主催の「桜を見る会」前日に開かれた夕食会で、安倍サイドが費用の一部を補填した疑惑への捜査着手、衆院広島3区の候補者選びを巡る対立、幹事長の二階俊博肝いりの観光支援事業「Go To トラベル」とコロナ禍対応を巡る迷走……。
今、この国を揺るがす問題に通底するのは、まぎれもなく菅と安倍の暗闘が間欠泉の如く噴き出した結果である。二人三脚に映った2人の関係は、「仮面夫婦」にすぎなかった。師走に向けて顕在化した確執は、激しい権力闘争をも内包しながら新たな年へ舞台を移す。
安倍前首相(左)と菅首相(右)
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「打撃力の保有に慎重な公明党への配慮だろう。議論を先送りしたところで、遠からず米国から強く求められることになると思うよ」
11月4日の衆院予算委員会で、菅が「(安倍の)談話は閣議決定を経ていない。そういう意味において、原則として効力が後の内閣に及ぶものではないと考えている」と言い切ったことについて、安倍はこう述べて菅への不快感を隠さなかった。これは、安倍が退陣の直前に発表した「内閣総理大臣の談話」を巡るさや当てである。
談話は、陸上配備型の迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の代替策に関し、敵基地攻撃能力の保有検討を念頭に「今年末までに、あるべき方策を示し、我が国を取り巻く厳しい安全保障環境に対応していく」と明記。安倍は記者団に「次の内閣でも議論を深め、責任を果たしていくのは当然だ」と畳みかけていた。それを菅は国会の場で堂々と否定。敵基地攻撃能力の保有検討に取り組むつもりがないことは明らかだった。
安倍が言及した「遠からず米国から……」とは何を意味するのか。米国が2019年8月にロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約を離脱した結果、米軍は対中国で日本へのINF配備を要求してくる。だが、日本の世論を考慮すれば、受け入れは難しい。となれば、米国は代替として、自衛隊が自前で敵基地攻撃能力を保有するよう要求してくるに違いない。いくら来年秋までの衆院解散・総選挙、再来年夏の参院選をにらみ、菅が公明党の支持母体である創価学会に配慮したところで、いずれ米国から匕首を突き付けられる――安倍の発言には、そんな見立てが内包されていた。
街頭演説「イージス・アショア」問題について謝罪する安倍首相
「権力者気取り」と安倍を批判
いまだ封印されている安倍の重要な申し送りまで、菅がいとも簡単に反故にしたことは、政府・与党内でも知る者はほぼ皆無だ。それは韓国の「徴用工」に関わる懸案だ。
安倍は首相在任中、徴用工に関する日本の歴史教科書の記述を「是正」するよう、文部科学省や外務省に密かに指示していた。ところが菅は、マスコミから批判を招きかねず、衆院選を前に支持率低下につながりかねないとの理由で、関係省庁に中止を指示。安倍はこれにも不快感を示したという。
菅の安倍に対するけん制は、政策論ばかりではない。
11月23日の祝日、読売新聞の朝刊一面には永田町を震撼させるスクープが掲載された。安倍後援会が毎年、地元山口県の支援者らを招いて「桜を見る会」の前夜に東京のホテルで開いていた宴会を巡り、東京地検特捜部が安倍の公設第一秘書らから任意で事情聴取したとの特ダネだった。これを直ちに後追いしたNHKは、「前夜祭」の5年分の費用のうち800万円超を安倍事務所が負担していたとの詳報で抜き返した。
政権に批判的な朝日新聞や毎日新聞ではなく、読売、NHKという安倍に近いとされていたメディアが相次いで先行報道した経緯から、自民党内では「菅サイドが安倍の動きを止めるため、敢えて情報を流しているのでは?」との見方が広がった。実際、菅サイドがNHKや読売に対し、積極的に報道するよう強く促していたという関係者の証言もある。安倍周辺は「菅が東京地検の捜査を安倍の足を止める好機と捉えていることは間違いない」と強く警戒する。
「安倍氏の答弁内容を確認した上で、私も答弁してきた」。読売の特ダネから2日後の衆院予算委で、菅は野党から「当時官房長官だった首相が知らなかったはずがない」と追及されると、他人ごとのように切り返した。
だが、そもそも菅政権は安倍政権の継承を掲げて発足したのではなかったか。世間は安倍と菅を一体と捉えており、安倍に対する批判は自らに跳ね返ってくる危険を内包する。
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source : 文藝春秋 2021年1月号