ノーベル文学賞 女性詩人の言葉

巻頭随筆

鴻巣 友季子 翻訳家・文芸評論家
エンタメ 読書

 今年のノーベル文学賞は、米国の女性詩人ルイーズ・グリュック氏に授与された。

 わたしは同賞の「受賞者解説待機要員」として、四半世紀にわたって毎年賞の行方を見届けてきた。ゼロ年代の半ばごろから、村上春樹が「候補」にあがっているという噂が出回り、賞自体が一気に注目されるようになった。

 ルイーズ・グリュック(本国での発音はグリックに近いようだ)は、1943年、ニューヨーク市ロングアイランド生まれ。父方の祖父母はハンガリー系ユダヤ人で、父が生まれる前にニューヨークに移住している。母はロシア系ユダヤ人の子だ。

 わたしは今年、いくつかの理由からグリュック氏を「授賞ウォッチリスト」に入れていたものの、あまり期待はしていなかった。本人もノーベル文学賞の授賞にそうとう驚いたようだ。発表直後に家の前で報道陣に囲まれると、「ええ、感謝の念を抱いております……でも、すみません、あちらで車が待っているんですよ。運転手さんはそれで生計を立てているのですから。はい、ありがとうございます」と、戸惑いつつも気づかいを見せながら車に乗りこんでいった。

 その後、彼女がインタビューで、「(同賞を)アメリカの白人の詩人に授賞しようとはびっくりです」と答えると、この言葉の断片だけが日本のSNSで独り歩きし、「白人至上主義者のいやみ?」などと批判されたりした。いやいや、そうではない。氏が言いたかったのは、少し要約するとこういうことなのだ。

「わたしたち(アメリカの白人)はあらゆる賞を頂いてきました。そのうえに、わたしが授賞されるとは。(その一方、ノーベル文学賞においては)これまで多くの卓越した(白人の)アメリカ人詩人が見過ごされてきたというのに」

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source : 文藝春秋 2020年12月号

genre : エンタメ 読書