生身の人間が作る映画だから……

巻頭随筆

湯 櫻 通訳・映画制作者
ニュース 中国 映画

 私は中国上海で生まれ、4歳で日本にやって来た。両親が共働きだったせいか、子供の頃から映画ばかりを見ていた。大学生になると、タダで映画が見られるという不純な動機から、映画祭の通訳スタッフになった。そこで多くの映画制作者に出会い、「映画は生身の人間によって作られている」という当たり前のことに気づいた。映画と改めて出会い直したような気がした私は、この豊かな世界の一員になりたいと強烈に思った。一介の映画ファンが映画制作へと足を踏み出して、今日に至る。

 映画作りは企画から完成まで、途方もない数の交渉事と膨大な作業が必要だ。様々な場面に立ち会ってきたが、ややこしければややこしいほど物事がおもしろく感じる性格のせいか、映画通訳はとても性に合っている。なかでも昨年参加した中国コメディ映画の撮影現場は、とてつもなく混乱していたがゆえにとても面白かった。

 その映画は、凸凹コンビの中国人探偵が世界中のチャイナタウンで大暴れするという荒唐無稽な筋立てが人気を博し、毎年の正月映画の定番として熱狂的に支持されている。シリーズ3作目となる今回は、主要キャストに日本の有名俳優を多く配し、ほとんどの撮影を日本国内で行った。スタッフ数は日中合わせて200人を越える座組みの中で、私は美術部の通訳を担当した。

 美術監督の李さんは、シリーズ第1作から関わっている主要スタッフで、確かな仕事ぶりと真摯な性格で中国人スタッフから信頼されている人物だ。しかし日本人スタッフとは最初からうまくいった訳ではなかった。

 日本映画では事前に「カメラの位置」や「撮影の段取り」を決めておくため、美術部は撮られる部分だけを完璧に仕上げれば良い。だがそれが、中国映画では撮影当日に決まるため、美術部はどの角度から撮られても良いように、全ての部分を完璧に仕上げておく必要がある。この撮影習慣の違いによって、日本美術部は、徹夜での作り直しや撮影当日のセットの配置換えを強いられ、普段よりも仕事量が増えていった。こんな状況でも険悪な雰囲気にならぬよう互いにフォローを入れるのも通訳の仕事であり、醍醐味でもある。

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source : 文藝春秋 2020年12月号

genre : ニュース 中国 映画