立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんがその活躍を期待するのが、昨年7月、『教育格差』を著した松岡亮二氏(早稲田大学准教授)。市民権を得たものの誤解や思い込みの多い「教育格差」について、松岡氏は膨大なデータと向き合い、その実態を明らかにした。
日本の教育でエビデンスは軽視されている
出口氏
先日、政府の教育再生実行会議の「高等教育ワーキング・グループ」に出席して、すばらしい話を聞きました。テーマのひとつは世界の教育機関のコロナ禍への対応だったのですが、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)では、「エビデンス(データ)、サイエンス(科学)、そのコミュニティの専門知識」に基づいて判断し、意思決定するという大方針があるそうです。
例えばUCSDでは学生や教職員約3500人を対象に新型コロナウィルス感染者と濃厚接触した可能性がある人に通知が届く「接触確認アプリ」を9月から試験的に導入しています。なぜわざわざ大学が行うのか。全米の感染者で20代が占める割合が最多というデータがきちんとある。これがエビデンスとサイエンスに基づいた対応です。
当たり前のように聞こえるかもしれませんが、実は日本の教育の現場では、エビデンスやサイエンスは、意外と軽視されがちなのです。
かわりに幅を利かせているのが、「エピソード」です。誰もが学校教育を受けているので、「こんな先生がいた」「自分の受けた教育はよかった、悪かった」と自らのエピソードに基づいて意見が言えるわけです。
しかし、本当は社会全体に大きな影響を及ぼす教育こそ個人的なエピソードではなく、誰が見ても明らかな客観的なデータ、つまりエビデンスに基づいて議論すべきなのです。
その意味で、松岡氏の『教育格差』はエビデンスの塊なのですが、松岡氏は同書でこう書いています。
〈教育は自分の経験に基づいて自説を持ちやすい分野です。それに、メディアから流れてくる情報の嵐の中で冷静さを保ち、視界が歪まないようにすることは簡単ではありません〉
松岡准教授(早稲田大学)
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source : 文藝春秋 2021年1月号