「優勝してしまった」早稲田

巻頭随筆

小宮山 悟 早稲田大学野球部監督
エンタメ スポーツ

「嘘だろ?」

 そう思ったのも束の間、澄んだ音を残して打球は神宮球場のバックスクリーンに飛び込みました。

 11月8日、慶應義塾大学との東京六大学野球秋季リーグ優勝決定戦。1点ビハインドの9回表2死から8番打者の蛭間拓哉が放った逆転2ランでした。

 打ったのは慶應の左投手、生井惇己君が投じた初球のスライダー。蛭間は打席に入る前に「ストレートを狙う」と言っていましたから、まったくの想定外でした。

 隠れたヒーローは蛭間の前に2死から出塁した熊田任洋です。普通ならば足がすくむような場面で、1年生にもかかわらず初球をレフト前に打ち返す図太さ。愛知の東邦高校時代にはU18日本代表を経験していますから、やはり肝が据わっていました。

 9回裏はドラフト1位で楽天への入団が決まっているエースの早川隆久が締めてゲームセット。脚本家でもこんなシナリオは書かないだろうという劇的な展開でした。

 今年は、慶應と6試合を戦った末に優勝を果たした伝説の早慶6連戦から60年に当たります。

 この死闘の指揮を執ったのが石井連藏さんです。私が選手だった頃は2度目の監督を務めていらして、プロ入りできたのは石井さんのご指導のおかげにほかなりません。早稲田の監督に導いてくれたのも石井さんです。現役引退後に、「これからは野球評論家としてやっていきます」と報告すると、「いつか早稲田に帰ってこい」とおっしゃってくれました。その後、月日が流れてOB会長から監督に指名された時、石井さんの言葉が蘇り、「早稲田のために力を尽くすのが俺の宿命なのかもしれない」と腹を決めたのです。

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source : 文藝春秋 2021年1月号

genre : エンタメ スポーツ