コロナ禍で光った「文化財」

旬選ジャーナル

蔵屋 美香 キュレーター・横浜美術館館長
ニュース メディア
毎年12月、新聞各紙がこぞって取り上げる「回顧」記事。2020年はコロナウイルスの話題が目立つなか、歴史、考古分野を扱うある記事に目がとまった――。横浜美術館館長をつとめる蔵屋美香さんが綴る。

【選んだニュース】回顧2020 文化財 「保存と活用」 深化へ一歩(2020年12月9日、読売新聞/筆者=多可政史)
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 年明け気分もすっかり消えた今ごろ、昨年末の話題で恐縮だが、わたしは毎年12月に新聞各紙が出す「回顧」の記事が大好きだ。その年のおもな出来事を分野別に振り返る、あれである。

 2020年は、世界中がコロナウイルスにふり回された年だった。わたしの働く美術館業界でも、海外から有名作品を持ってきて大勢の観客を呼び込む、という従来の経営手法が成り立たなくなり、新しいやり方を模索している。各紙の美術分野の「回顧」もそろって、コロナウイルスでいよいよ転機を迎えた美術界、というトーンだった。

 その中で歴史、考古分野を扱う「回顧2020 文化財 『保存と活用』 深化へ一歩」は、まず出だしが驚きだった。「今年は、1950年の文化財保護法施行から70周年の節目。同法の理念である文化財の『保存と活用』のあり方について、改めて考えさせられる1年だった」。えっ、この一年の総括の冒頭で、コロナウイルス以外のことを「考えさせられた」なんていう人がいるの? 記事は次いで、長崎県の世界遺産、軍艦島や、熊本県の国宝、青井阿蘇神社社殿の大雨による被害を紹介する。そう、コロナウイルスがあろうがなかろうが、2020年だって他の年と同じようにさまざまなことが節目を迎え、自然災害にも見舞われたのだ。コロナウイルスに気を取られ、そんなふつうのことが見えなくなっていた自分を反省した。

 続く記事の前半は、災害から文化財を守る「文化財防災センター」(奈良市)の発足や、地域の文化財に光を当てる文化庁の「日本遺産」プロジェクトの進展など、文化財の保存と活用をめぐる動きを紹介している。文化財をいかに守るか。守りつつ、同時にそれをいかに生き生きと活用するか。これは美術館、博物館にとって常に微妙なバランスを取ることが求められる、もっとも悩ましい問題だ。特に今、活用の方は、政府の主導により、とにかく観光資源化して「稼ぐ」という方向に向かっている。そのため、ときに無理な活用が奨励されるケースもある。しかしコロナ禍で、「稼ぐ」ための基盤だったインバウンドの需要は消滅した。冒頭に置かれた「文化財保護法施行70周年」の言葉は、右往左往するわたしたちに、原点に立ち返って今を冷静に見直そうと促す。そもそも文化財保護法は、1949年の法隆寺金堂の焼損後、もうこんなことが起きてほしくないという願いから作られたのだ。

 後半は、従来の説が大きく塗り替えられた発掘の成果を紹介するパートだ。例えば豊臣秀吉の幻の城、京都新城(京都市)の石垣や金箔瓦が発見されたこと。中尾山古墳(奈良県明日香村)の石室の詳細が明らかになり、文武天皇陵である可能性がさらに強まったこと。困難な年でも、歴史の書き替えにつながるこんな成果が、発掘の仕事に携わる人々の手によって黙々と積み上げられていた。そんなこともまた、わたしはうかつにもこの記事で初めて知ったのだった。

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source : 文藝春秋 2021年3月号

genre : ニュース メディア