CMOという言葉も、だんだん人口に膾炙してきた感がある。この3文字は、Chief Marketing Officerの略語。日本語に訳すなら、「最高マーケティング責任者」となる。第1・2回の好評を受け、2021年2月22日(月)に開催された第3回「CMO Lounge」のテーマは、〈消費者行動の「予測」と「検証」から見えてきたマーケティングの新・基準 ―進化する顧客志向のPDCA―〉。実践者ならびに有識者がマーケティングの本質を鋭くとらえた意義深いセッションの模様を、ここにレポートする。
◆キーノートセッション
「データドリブン経営とデータを活用した次なるマーケティング」
マッキンゼー&カンパニー パートナー 櫻井 康彰氏
劈頭を飾った櫻井氏は、消費財・サービスおよび小売など、消費者向け企業を中心にコンサルティングを提供してきたその道のエキスパートである。
「データドリブン経営」とは、これまでにない大きな経営インパクトを創出するための全社変革であり、デジタルや人工知能などの技術を活用し、ビジネスのあらゆる局面においてデータとヒト中心の観察に基づき意思決定をする経営のこと。
データドリブン経営時代においては、マーケティングに関して、事業戦略のひとつから価値創造そのものへととらえ直すことが必要ではないか。櫻井氏はそう提言する。そして、マーケティング機能の再定義とともに、全社員が「顧客視点」を持つべきだとも。つまり、全社員がマーケターになることが求められる時代なのだ。
そして、新しいマーケティングのためには、新しいスキルが必要とされる。従来の「データ分析設計能力」だけでは十分ではない。顧客の実態を観察・理解し、意味のある気づきを導出する「インサイト発見・発掘能力」、社内外のステークホルダーを含めた全体像を描きそれを実現する「エコシステム構築能力」、さらに、チェンジマネジメントに長けた「変革能力」。次代におけるヒントに満ちた、意義深いセッションとなった。
◆ゲストセッションⅠ
「データドリブンで取り組むダイキンの心を摑むマーケティング戦略のPDCA」
リモートでの出演となった、ダイキン工業株式会社 総務部 広告宣伝グループ長 部長 片山 義丈氏
かつて日本のルームエアコン業界にて第5位の存在であったダイキンを一躍トップに押し上げた新ブランド「うるるとさらら」を導入し、同ブランドのキャラクターである「ぴちょんくん」のブームを巻き起こすなど、片山氏の業績には、ユーザーにとっても親しみ深いものが多い。現在は、統合型マーケティングコミュニケーションによる企業ブランドと商品ブランドの構築、同社の広告やウェブサイトの統括を担当している。
「空気で答えを出す会社」を標榜するダイキンのマーケティングにおいては、「予測をする→仮説を立て実行→検証する」というフローが重要視されている。コロナ禍を迎えた2020年3月、同社は、外出自粛による在宅時間の増加で、換気とエアコンへの関心が強まるだろうという予測を立てた。そして、どこよりも速く、賢い換気の方法を伝えることを決断。その際、エアコンでは換気ができないというビジネス上は不利な情報も、きちんと情報発信することとした。消費者の気持ちに寄り添い、真摯に答えを出すことを選んだのだ。
上手な換気法を紹介するコンテンツは、自社サイトのみならず、Facebook、Twitter、さらに東洋経済オンラインの企画広告など、さまざまな形で発信された。その試みにおいてリアルタイムで得られたデータを基にPCDAを高速で回すことで、さらなる予測と検証が可能になった。そこには、企業、広告代理店、PR会社、メディアがデータを中心として俊敏に動き、協創によって周知を集めたことによる見事な成果があった。
◆ゲストセッションⅡ
「心を使うマーケティング」
株式会社かげこうじ事務所 代表取締役
エステー株式会社 コミュニケーションアドバイザー
鹿毛 康司氏
鹿毛康司氏は、エステー株式会社における宣伝責任者として、2011年の東日本大震災直後に放送したCMによって社会現象を巻き起こした。その作品とは、ポルトガルのミゲル少年が朗々と歌う、あの「消臭力」のCMである。同社において八面六臂の活躍を見せ、執行役の重責を担った後、2020年には独立し株式会社かげこうじ事務所をオープン。引き続き、さまざまなツールを独自に駆使した新たなマーケティング手法の開発を行っている。
鹿毛氏は、「自分の心を使うマーケティング」の重要性を強調した。実は、人間は決して合理性では動いていない。それゆえ、データ分析のみならず、マーケター自身の内側にも存在する心の周波数にアンテナを合わせることが必要だと語る。それは時に、表に現れない自分の弱さを見つめ直すことにもつながる。その成果として生まれたCMが、コロナ禍が蔓延し始めた頃に放送したCM。たった2週間で企画を急遽変更し、T.M.Revolutionの西川貴教を起用したこの映像は、「空気を変えるぞ」というメッセージを世間に送った。SNSを中心に、消費者から高い評価が寄せられたという。
もちろん、行動分析は大事である。しっかり観察すると、本人も気づいていない心の中とのギャップを発見することができる。「自分の中の大衆と対話することが大切」、鹿毛氏はそう力を込めた。
◆ディスカッション
データを扱うために大事なことは?
ラストを締めくくったのは、登壇者全員によるディスカッション。株式会社セールスフォース・ドットコムの笹俊文氏をゲストに迎え、ここまでのセッションを踏まえたデータドリブン談議が展開された。
株式会社セールスフォース・ドットコム 専務執行役員 笹 俊文氏
笹氏は、データのインプットに興味を抱く顧客に対し、常に問うている事柄があるという。「データを貯め込んで、それをどういう形でアウトプットするのか、コミュニケーションに利用するのか、製品の売り込みに生かすのか。大事なのは目的を明確にすること」
データ分析の際に心がけていることとして、ダイキン工業の片山氏はこう語る。「闇雲に大量のデータに目を通していると、何か考えているつもりにはなるが、得るものは少ない。同じ1時間を費やすならば、まず無駄なデータを捨て、見るべきデータをとにかく絞り込む。そのデータだけに集中してを見ることが大事。その方法を採るようになって、考えることに真剣に向き合えるようになった」
かげこうじ事務所の鹿毛氏は、ミゲル君をフィーチャーした消臭力のCMに関し、次のように振り返る。「あのCMは震災後すぐに作ったものだが、それまでの10年ぐらいにわたってずーっと追求し続けてきた企業理念についての考えが込められている。決して瞬間的にセンスだけでひねり出した作品ではない。だから、アートではない。データの分析などを通じて出来上がった、マーケティングによる所産なのだ」
熱を帯びるディスカッション
マッキンゼー&カンパニーの櫻井氏は、ダイキン工業とエステーの2社の事例と戦略を聞いた上での感想を述べた。「どちらの会社も、トップダウンではないことに感銘を受けた。チームが一体感を持ち、PDCAをスピーディに進めようとすると、やはり非言語的な心の周波数を共有することが大事になる」
「空気で答えを出す会社」を標榜するダイキン工業、「空気をかえよう」をスローガンに掲げるエステー。「空気」を取り扱う2大企業のマーケティングの秘密に触れる、実り多いイベントとなった。
2021年2月22日 文藝春秋にて実施 撮影/深野未季
source : 文藝春秋 メディア事業局