いま香港で、80~90年代当時の街を撮影した動画が人気なのだという。出版社・里山社代表の清田麻衣子さんが、香港デモの「その後」を生きる友人へのインタビューを通じて、考え、受け止めていった「香港の現実」への思いを綴る。
【選んだニュース】香港デモの光景 心の傷に(3月19日、朝日新聞/筆者=石田耕一郎)
清田麻衣子さん
昨年6月に制定された香港国家安全維持法は決定打だった。デモはおろか反政府的な訴えを明確にすると警察は香港市民を逮捕することができ、最低3年、最高刑は無期懲役となる。以後、香港市民の生の声を聞く機会が激減した。
3月19日の朝日新聞に掲載された「香港デモの光景 心の傷に」という記事は久しぶりに市民の現在の姿を伝える記事だった。警察との激しい衝突後、うつ病を発症する人が増えているという。だが医者からの通報を警戒し医者にかからない人も多いというのだ。「その後」を生きる市民の痛切な現実だと感じた。
私も香港に友人がいる。2014年、私は仕事で香港を訪れた。仕事相手のAさんは私が勝手に抱いていた香港人のイメージとは真逆で、シャイで優しく面倒ごとも引き受けてしまう気遣いの人で、仕事熱心だった。片言の英語で会話するうち文化の違いを越えて親しくなった。
約1週間の滞在中、彼らのシェアオフィスや庶民的な飲茶の店といった日常にお邪魔した。オフィスは古い雑居ビルの中にあり、古さを生かしたリノベーションのセンスは抜群で、仕事ぶりも洗練されていた。いっぽう、夕方になると麻雀牌をかき混ぜる音が聴こえ、廊下で雀卓を囲む隣の事務所のタンクトップ姿のおじさんたちと談笑する。洗練とおおらかさが同居する彼らの暮らしは魅力的だった。中国大陸とイギリスの文化が共存し、生まれた混沌。それは異なる個性を認め合う、香港人の自立した精神に支えられている気がした。香港に滞在した全ての瞬間が愛おしかった。
しかしわずか5年後。中国政府は予想以上の速さで容赦なく香港を変えた。逃亡犯条例改正案に反対するデモが始まり、当初、彼もSNSにデモについて頻繁に投稿していたが、状況が厳しくなるにつれ投稿を見かけなくなった。
昨年夏、1年以上ぶりとなる彼の投稿には、同居する母が大きな心臓手術をしたこと。母の介助のためコロナウイルスを最大限警戒し、仕事がままならず、連絡が途絶えたこと。そして香港の未来を憂う言葉が綴られていた。催涙弾と火炎瓶が飛び交う街の片隅で、彼はまた別の困難に直面していた。
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source : 文藝春秋 2021年5月号