トンネルをぬけると

ハコウマに乗って 第3回

西川 美和 映画監督
エンタメ 読書

 これだけ言われているのに、私は東京から旅に出た。無自覚に菌を撒き散らすやつ。ルールを無視して公序良俗を乱すやつ。お前みたいなのがいるから病床が逼迫し、ズルズル収束せず、経済も悪化――そうかもしれぬ。そうかもしれぬが……と思いつつ新幹線に飛び乗った。

 2月に封切りした映画に向けて、90以上の取材を受けて宣伝した。「思いついたきっかけは?」「タイトルに込めた意味は?」「主演俳優の魅力は?」……20媒体を超えた頃から、ジュークボックスになったように自動的に口が動くようになる。私の口はもうカラカラに乾いていた。一人でどこか、遠くへ行きたい。

「ちょっと死出の旅に出てきます」

 プロデューサーに断りを入れた。

「本気じゃないですよね。宣伝が無事終わって、そこそこ客も入った。そういう一番やり切った、って時に人は――」

「まあ、ある意味本気。撮った映画とそろそろお別れしないと、次へ気持ちが向きませんから」

「いったいどこへ行くんです」

「森田監督の『失楽園』をイメージしてください。役所さん抜きの」

 平日午前の乗客はまばら。ビルの林は冬枯れの耕地広がる平野に変わり、やがて「トンネルを抜けると雪国であった」。

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source : 文藝春秋 2021年5月号

genre : エンタメ 読書