国語辞典編纂者の飯間浩明さんが“日本語のフシギ”を解き明かしていくコラムです。
【ひ】「ひとりごちる」は厳然たる現代語である
「ひとりごちる」という現代語があるかどうか、ツイッターでちょっとした議論になりました。「独り言を言う」の意味で使われる動詞のはずですが、次のような趣旨の発言があったのです。
「『ひとりごちる』は古語であり、現代の辞書には載っていない。厳密には、古語では『ひとりごつ』で、『ひとりごちる』は最近の造語らしい」
これに対し、「ひとりごちる」を普段創作などで使っている人々から反論が相次ぎました。「現代語として確かにある」というのです。いわゆる炎上の状態になり、元の発言者は、間もなく当該のツイートを消去しました。
私も「ひとりごちる」は現代語と言っていいと考えます。文学作品などの実例が珍しくないからです。とりあえず、戦後文学の例を2つ挙げておきます。
〈徹吉は強いて背筋をのばすようにしてひとりごちた〉(北杜夫「楡家(にれけ)の人びと」1964年)
〈娘は私のひとりごちる言葉がラジオの音できこえなかったか〉(水上勉「茄子(なす)の花」1993年)
ただ、具合の悪いことに、国語辞典で「ひとりごちる」を載せるものは多くありません。『三省堂国語辞典』『明鏡国語辞典』など少数です。多くの辞書は「ひとりごつ」で見出しを立てています。これが、「ひとりごちる」という現代語はないという誤解につながりました。
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source : 文藝春秋 2021年5月号