瀬尾まいこさん
写真:内藤貞保
29歳、無職、ミュージシャンを夢見る宮路くんが物語の主人公だ。親からの仕送りで生活をしながら、日々無為に過ごしている。その彼が老人ホームを慰問し、介護士の渡部くんが吹くサックスを耳にして物語が始まる。
瀬尾まいこさんは、打ち合わせてから約3カ月という短期間でこの長編をほぼ書き上げた。「2019年の本屋大賞を受賞した直後で、大勢の人から誉められて気持ちがよかったのかも」と笑う。
老人ホームを舞台にしたのは、自身が中学校で働いていた時にたびたび訪れた経験があり、当時祖母が入居していたこともあって想像しやすかったからだ。しかし、その後の設定は細かく設けない。作中の人物たちにまかせて筆を進める。
「私はもともとおしゃべりが好きで、物語の登場人物をしゃべらせるのも好き。小説を会話だけで書きたいくらいなんです」と語る。その通りに老人ホームの入居者と宮路の会話は、軽妙で楽しい。宮路が「ぼんくら」と呼ばれながら「本当うるさい、ばばあだ」と返す様は、ノリツッコミの利いた紙上漫才のようだ。
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source : 文藝春秋 2021年5月号