照ノ富士「何度も相撲を辞めようと思った」

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序二段まで転落しながら大関へ復帰。「二度目」の相撲人生で頂点を目指す

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2度目の伝達式は、1977年初場所後、平幕に番付を落とした魁傑が大関に復帰して以来、実に44年ぶりだった
▶一切酒を断ち、気持ちを入れ替えたのは、19年2月のこと。4場所連続全休で序二段にまで番付が滑り落ち、「番付も体も落ちるところまで落ちた」時だった
▶15年5月の新大関昇進時、当時の照ノ富士は「72」と数字を書いた紙を、「毎日、目に入るように」天井に貼っていたと明かす。それは第71代横綱鶴竜に次ぐ第72代横綱となるのを夢見ていたからだった

大相撲史上初の快挙

「本日、理事会におきまして、関脇照ノ富士を満場一致にて大関に推挙することになりました。おめでとうございます」

 昇進を伝える使者の言葉を受け、

「謹んでお受け致します。本日は誠にありがとうございました」

 2015年5月の大関昇進伝達式以来、約6年ぶりに再びの使者を迎えた照ノ富士の答えは、シンプルだった。

 前回の伝達式では「今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進致します」と、新大関としての決意を込めたが、今回の口上は、「2回目ということで気持ちは変わってないし、素直にありがたい気持ちでそう答えました」という。

 通常なら緋毛氈の上で正座をして使者を迎えるのだが、このとき照ノ富士は両膝のケガの痛みがあったために、使者の到着ギリギリの時間まで“立て膝”で耐えていた。その姿は、苦渋にまみれたこれまでの復活劇を物語っているようだった。

 大関という地位は、2場所連続で負け越した時点で陥落する。翌場所に関脇として10勝すれば返り咲くことができるが、その際は昇進伝達式は行われない。

 ゆえに2度目の伝達式は、1977年初場所後、平幕に番付を落とした魁傑が大関に復帰して以来、実に44年ぶりだった。序二段まで番付が降下した元大関の復帰は、もちろん史上初のこと。長い大相撲の歴史にも残る快挙となった。

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3月の春場所では優勝

関取の証を捨てた

 振り返れば14年3月の新入幕から所要8場所目で初優勝し、本人曰く「今の俺が優勝しないで誰がするのか、というくらいにイケイケ」の勢いをもって、新大関に昇進。初土俵から数えて25場所、歴代3位のスピード記録だった。

 当時23歳、平成生まれ初の大関ともなった。以来、約2年のあいだ大関を張り続けるが、膝の半月板損傷など、力士生命に影響を残す大ケガに苦しむことになる。

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2015年夏場所にて

 照ノ富士が、当時を振り返る。

「周りはケガで番付が落ちたと思っているみたいだけど、膝のケガをしてからも大関を維持できていましたし、ケガだけが原因じゃないんです。大関に上がったばかりの時にケガをして、その後に2回手術をしましたが、それでも2回は準優勝相当の成績を残していましたし、ケガとはうまく付き合っていましたから。でも糖尿病に罹ったり、C型肝炎にもなってしまった。あと腎臓結石もですね。そうすると、どうしても力が出ないんです。普通、筋トレをやればやるほど筋肉が盛り上がって行くはずなのに、やればやるほど疲れて筋肉が落ちる一方でした」

 17年9月場所、膝のケガが悪化して2場所連続で途中休場し、大関の座から陥落した。

「大関から落ちた直後は、番付を考えて休場もできない状態だったけれど、幕下に落ちてからは覚悟を決めて、4場所連続全休したんです。それまでは稽古もできないまま、筋肉もずっと落ちたままの体で出場していました。もちろん治療もしながらで、はっきり言って相撲を取れる状態ではなかった。でも、『万が一勝ち越せれば』『ちょっとでも勝てれば』との気持ちで土俵に上がっていたんです。でも、どうしても体がついていかない部分があった」

 幕下に番付を落とした時、関取の証である白い稽古廻しを捨てたという。

「もう相撲を辞めようと開き直っていましたからね。元気な時なら筋トレも稽古も、やればやるほど体が良くなるはずなのに、やればやるほどに悪くなっていく。もう何もやる気がなくなっていくんです。『相撲を辞めよう』と思った時期は何度かあって、最初は大関から落ちたばかりの時。テレビで相撲を見るのも面倒くさくて、相撲を見ない時期が2年くらい続きました。相撲を辞めたいという気持ちは常にあって、師匠(伊勢ヶ濱親方・元横綱旭富士)に5、6回、引退を申し出てもいたんです」

 自身も現役時代に膵臓炎を患い、苦労した経験のある伊勢ヶ濱親方は愛弟子の再三の引退の申し出にも“土俵を割ら”なかった。

「とりあえず今は体を治すことに専念しろ。辞める辞めないはそこから先の話だ」

 師匠の言葉はいつも同じだったという。兄弟子であり、関取になった照ノ富士の付け人を長く務めた中板秀二氏(元幕下駿馬)は言う。

「『どうしたら引退できるのかな?』など、当時は引退の方向にばかり頭が行ってしまっていました。『また(稽古やトレーニングを)やったら戻れますかね?』と言うので、『やったら戻れる。やらなかったら戻らない。それだけのこと』と僕は答えました。本人は頭でわかっているんです。でも、気持ちが乗らないからできなかったんですよね」

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伊勢ヶ濱親方と並んで
 

落ちるところまで落ちて

 空腹時血糖値の正常値は80㎎/㎗~99㎎/㎗とされるが、照ノ富士の数値は500を超えることもあったという。192センチ177キロの体はどんどん萎(しぼ)んで弛(ゆる)み、腎臓結石から来るむくみで、顔はムーンフェイス状態ともなる。

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source : 文藝春秋 2021年6月号

genre : エンタメ スポーツ