『グレゴワールと老書店主』は老人介護施設で働く18歳の青年グレゴワールが主人公。入居者の元へ配膳をする仕事中、3000冊もの蔵書に囲まれて暮らす老書店主と出会います。
母子家庭育ち、読書の習慣などなかった青年は、視力の衰えで読書が叶わなくなったという店主の話を聞き、朗読役を買って出ることに。
著者は朗読家で、本書が作家デビュー作とのこと。朗読作品の選び方、聞き手との距離の置き方や、文学を声で表現する極意を、老書店主に豊かに語らせるのです。〈人前で本を読むのに肝心なのは、作品がそこで生まれたばかりのもののように聞かせることだ〉〈朗読者は外に出す言葉の中に体と魂を消してしまう透明な存在でなければならない〉〈輝くのは本だけなのだ〉。その教えを素直に吸収し伸びやかに発揮していく青年の姿が愛おしい。ひとりの老人のために始めた朗読は、次第に他の入居者や介護者たちにも共有されるようになります。物語世界に触れることで心を躍らせ、つかの間の慰めにもなる大切なひととき。老書店主は聞き手に喜ばれる作品を選び、グレゴワールは期待に応えるべく、このやりがいのある仕事に熱中していきます。
いずれ来る最期をどう迎えるか? 入居者たちは身をもって青年に示します。尊厳のある人生を生きること。老いとはどういうものなのかということ。ラスト、老書店主から託された願いを自分なりのやりかたで実行する主人公の姿に目を瞠りました。切なくも温かな余韻に満たされる一冊。
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source : 文藝春秋 2021年6月号